『せっかくのバレンタインなんだからさっ、チョコ作り手伝ってよトモ!』
「はあ? 何で僕が――」
『いいじゃんいいじゃん。操緒が指導するからさ。ねー?』
「……何で男なのに、手作り……?」




バレンタイン・ハプニング (答えは一つ、『きみがすきだから』)





 操緒の頼みを断り切れなかったのは、チョコ作りに興味があったとか、実はあげたい奴がいるだとかそういう理由からではない。
 彼女が幽霊だからだ。

 自分では何かに触ることも、作ることもできない。当たり前だ。実体がないのだから。
 本当は、操緒は幽霊ではなく副葬処女(ベリアル・ドール)と呼ばれる存在なのだが――結局は幽霊と同じように現実の物品に干渉できないのは事実だ。
 イベント好きの操緒にとって、きっとバレンタインのような楽しい出来事に関われないのが辛いこととは充分分かる。だから僕はつい、彼女の頼みを承諾してしまったのだった。


『まずは材料を買いにいかないとね』
「……僕が買いに行くのか!?」
『当たり前じゃん。他に誰が行くの』

 しかし重い命が下ってくると、早くも安い決心がグラリと揺らぐ。
 今日はバレンタイン当日だが休日だ。今日作って届けに行くという人もいるだろうし、明日のための準備をしている可能性だってある。
 売り場に僕みたいなのがいたらドン引きされること間違いなしなのだが、太助を求めるように操緒を見上げても、ただ悪戯っぽく笑っているだけ。

「ちょっとそれは……抵抗があるんだけど」

 頼りない僕の言葉に肩を竦めた操緒は、立てた指を顎にあてて、うーんと唸る。そんなオヤジらしい仕草が妙に似合うのが操緒の数少ない個性の一つ、なんて口走ったらこの前殴られたなあ、なんてどうでもいい思い出につい浸ってしまう。
 そんな僕の内心には気づいていないのだろう、操緒はバッと勢いよく眼を見開くと、名案とばかりに強く叫んだ。

『ともはちゃんになるっ!』
「却下」
『ともはちゃんになって佐伯会長にチョコをあげる!』
「何の話!?」
『誰かに代わりに買い出ししてもらう』
「……例えば?」
『んー……朱浬さんとか?』

 あの人にそんな頼み事ができるわけがない。からかわれるのがオチだ。
 それは操緒も承知しているのだろう、特に考えての発言ではなかったらしく、またも口を開く。

『ニアちゃん』
「今部長と遊びに行ってたよな。いや、コアラだけど」
『じゃあ、嵩月さん』
「嵩月……って」

 嵩月奏。同じクラスの美少女だ。
 その正体は悪魔と呼ばれる人外の力を使う存在なのだが、外見から言ってみれば、好みの違いはあれど彼女ほどの美形はそういないだろう。
 普段何かと世話になったり、助けられている分、嵩月と僕との距離はそれなりには近い。と、思う。勝手な思いこみかもしれないが。
 そして、そうなるとどうしても……、

「嵩月は誰かに、チョコあげるのかな」
『ふーん。気になるんだ?』
「別にそういうわけじゃないけど」

 クラスどころか、きっと学校中が嵩月のチョコを狙っている。
 あんな美少女と付き合えたら、というのは健全な男子ならば絶対に一度は考えてしまう夢だろう。

『そうだなあ……杏ちゃんたちとバレンタインの話題で結構盛り上がったりはしたけどさ、嵩月さんは一度も話に入ってこなかったよ』
「へえ……」

 そういえば、無駄に騒ぐ樋口にも注目せずに、黙って嵩月は窓の外を見ていたっけ。
 まるで、誰かにチョコを届ける覚悟を決めるみたいに……静かな意思を宿していた瞳。

 でも、想像してみると。
 嵩月がバレンタイン、誰かに。
 ……僕はそんなところを、見たくないのかもしれなかった。
 それが何故なのかは、よく分からなかったけれど。

「いいよ。行こう」
『ええ? 突然覚悟を決めたねトモ』
「他にあてはないんだから、僕が行くしかないだろ」

 暗く沈みかけた思考を断ち切るみたいに勢いよく立ち上がると、操緒がどこか不満そうにそんな僕を睨んでいた。



 町を歩いていると、すれ違う通行人のほとんどが眼を剥いて僕の頭上を見上げる。
 当然だ。そこには色素の薄い幽霊の少女がぷかぷかと浮かんで愛想を振りまいているのだから。

「悪目立ちするなよ操緒」
『だってえ、みんながこのハリウッド級の美貌に夢中だから』

 自分でそこまで言うか、と呆れながらも、操緒を引きつれて、近所のスーパーまでやってくる。

『早速おかしコーナーにGO!』
「え? 手作りするんじゃないのか?」
『……だからそのための材料を買うんでしょ。板チョコでいいから』

 まあ確かに、僕に作らせるとなればそう難易度の高そうな材料だとまずそうだ。
 溶かして固めるとかそんなんでいいのかな、と適当に考えていると、

「夏目、くん?」

 透き通るような儚い声で短く呼ばれ、僕は立ち止まった。
 その後に気づいた操緒が、あっと声をあげる。

『嵩月さんじゃん』
「あ……お買い物、ですか?」

 いつもの少しトロい口調と共に、小さく首を傾げる。
 外はまだ冷えるからだろう、白いコートに身を包んだ嵩月は、眼が離せないくらいに綺麗だった。
 学校での一つ結びと異なり、長い髪を惜しげもなく後ろに流している。滑らかな光沢が、安っぽい蛍光灯に照らされて艶っぽく美貌を彩っていた。
 顔を合わせ慣れた今でも時折ドキリとしてしまう端正な顔立ちの彼女は、本人が無自覚なのも影響しているのだろうが、周囲の注目を一身に受けているようだった。人の気配には敏感だから、少しビクビクしている。

「うん。嵩月も買い物だよね?」
「はい」
「ちょっとこっちまで良いかな」

 そんな嵩月を少しでも庇いたくて、人の少なめな洗剤の並ぶコーナーまで手を繋いで移動する。拒絶の様子がないのはやっぱり男としては嬉しい。操緒は不服そうだが。

 そして今更に気づくが、嵩月のもう片方の手には買い物かごがしっかりと握られていた。
 その視線に気づいた嵩月が、淡く微笑む。

「今日……特売日だから。食事の材料を買おうと思って」
『ああ、なるほど』

 重そうな野菜やパックが入っているのはそのためか。背後で操緒が気が利かないねえ、と囁いた。その通りだったので非常に悔しい。

「夏目くんは、違うんですか?」
「え?」

 どうやら僕が買い物かごを持っていないのが、嵩月には疑問らしい。

「あー。その、えっと」

 しかし僕に説明を求められても答えにくいことに違いはない。迷っていると、操緒が助け船を出してくれた。

『トモはバレンタインの準備で材料を買いにきたんだよ』
「助けになってない……」
「バレンタイン?」

 まあ嵩月なら僕をからかうこともないだろう。そう複雑な胸中でいると、嵩月が大きな眼を何度か瞬かせた。
 不思議そうに、言う。

「バレンタインって、なんですか?」
「え?」
『嵩月さん……バレンタイン、知らないの?』

 驚いたのは僕と操緒だ。

「何かのイベントなんですか? 食べ物に関係のある?」

 矢継ぎ早に質問を繰り出してくる嵩月に、思わず焦ってしまう。
 そうか。操緒達の会話に加わらなかったのは、何のことを話しているのか分からなかったからか。
 そりゃあ、バレンタインについて話題になった時、「バレンタインとは何か」について話し出す人は滅多にいないだろう。今年は手作りか市販か、とかそういった込み入った話になるに違いない。

 改めて、嵩月が箱入り娘だという事実を感じていると、どうやら不安が募った様子の嵩月が、助けを求めるように操緒を見上げた。
 話し上手の操緒がその疑問にサラサラと答える。

『元々は日本のお祭りじゃないんだけどね。日本では、二月十四日に好きな人とか友達、お世話になっている人に感謝の気持ちを込めてチョコとかクッキーを贈る行事のこと。
手作りお菓子が今までは主流だったんだけど、最近じゃ市販のものを贈るってのも多いみたいだよ』
「そういう行事があるんですか……」

 感心したように溜息を零す嵩月。おお、と僕は心の中で感嘆する。元々の由来とか、理解する上であまり役には立たない情報をすっぱりと切り捨てた操緒の説明は、僕が聞いても中々わかりやすいものだ。

「好きな人、に。ですか」
「嵩月?」
「それは異性のことですか?」

 何だか内容に踏み込んだ意外な質問に、虚を突かれた顔の操緒。

『そうだね。友達や家族に贈るのは義理チョコって言うんだけど、好きな人に贈るのは本命チョコって言うんだよ』
「本命……」

 じっと。
 嵩月に見つめられ、呼吸が止まる。
 吸い込まれそうなほど綺麗な光彩が、真っ直ぐに僕の姿を映していた。

「夏目くん、は。欲しいですか?」
「え……!?」

 なんてことを聞いてくるんだ!
 確かに欲しいとは思っていた。期待もしていた。
 けれど面と面を向かって聞かれてしまうと、恥ずかしさが込み上げて思わず顔が赤くなる。
 しかも嵩月の方は至って真剣な様子なので、ふざけることもできそうになかった。

 嵩月の中では、未だ理解しかねるイベントであることは間違いない。
 女子から男に、バレンタインにチョコを贈るという行為の意味を、半分も分かってはいないのだろう。
 だからこそ、普段恥ずかしがり屋の彼女が、こんなことを僕に聞くことができているのだ。

 操緒がちらちらと僕に視線を投げてくる。逃げないで早く回答しろ、という催促だろう。
 それでもどうしても言い切れず、なんて答えれば良いのかと今更ながらに思考を回転させはじめた時――

「私、頑張りますから」

 場違いなくらい呑気な声で、嵩月がそう言った。
 それがあまりにも可愛らしくて、思わず僕は笑ってしまう。

「? 夏目くん?」
「うん、楽しみにしてる」

 その意味がちゃんと通じたのだろう、嵩月は一度びっくりしたように眼を見開いてから、幸せそうに微笑んだ。

「はい、待っていてください」
「うん、待ってるよ」
「あ、でも、今日中に渡さなければならないんですよね? じゃあ、後でお家のほうに――」

 しかし根本的なところで何だかずれていた。

「いやいやいや。そんなの大変だろ。明日でいいよ」
「え、でも」
「作るだけでも大変なのに、今日中じゃ嵩月が大変だろ」
「そんなことは……」

 おろおろと視線を彷徨わせる嵩月は、多分今日中でないとバレンタインの意味がないと思っているのだろう。
 けれど、実際のところは前後日での手渡しも多い。金曜日の時点で友チョコを交換し合っていたクラスの女子がいい例だ。
 今から嵩月がチョコを手作るのだとしても、僕の家に届けるのも一苦労だろうし、僕が嵩月の家に行くのも催促しているようで迷惑くさい。

『そうだよ。トモのも明日持っていくからさ、明日交換すればいいんじゃん?』
「そう、ですか?」

 操緒の言葉にようやく納得したらしく、嵩月は困り顔ながらも頷いた。
 そこで嵩月と別れ、僕は家でチョコ作りに奮闘したわけだが――


『そっこー! 違う! もっと細かく切り分けないと溶かせられないでしょ!』
「え? こう?」
『ボウルの中に水が跳ねとんだ! 失敗一からやり直し!』
「えええッ!? 別にいいだろちょっとくらい!」
『よくない! チョコは繊細なんだよ!? 全くこれだからトモは!!』


 もう二度と手作りはしたくないと思った。



「あ、朱浬さん。こんにちは」
「あら、トモハルにサオちゃん」
『こんにちはー』

 十五日の放課後。
 やつれた表情で部室へと来た僕を、朱浬さんが不思議そうに見つめてきた。

「随分疲れてるみたいね。何かあった?」
「色々と、スパルタにしごかれまして」
『そんなことよりっ! 早くトモ、出してよ』

 はいはい、と気怠い動作で、スクールバッグから小袋を取り出す。
 100円ショップで購入してきた袋に詰め合わせたチョコレートだ。僕の努力の結晶でもある。

「これどうぞ」
「あらあら。トモハルから貰えちゃうなんて。女失格?」
『大丈夫です。操緒の指導で作ったんで!』
「頑張ったのは僕だよ……」
「ふふふ。まあ、ホワイトデーは楽しみにしてなさい」

 その言葉に妙な悪寒を抱いたのは僕だけではないのかもしれない。操緒が顔を引きつらせていた。
 適当な所に鞄を置こうとして、僕は、椅子にのっているスクールバッグに気づく。

「あれ、これ。嵩月の?」
「ああ。奏っちゃんなら、さっきもう来てたわよ。立ち話の後出て行っちゃったけど」

 へえ、と頷きながらも、どうしても彼女のチョコのことが気になってしまう。
 今日、学校で顔を合わせても、嵩月は激しく狼狽えている様子でまだ僕にチョコはくれなかった。これだと僕が激しく彼女のチョコを求めているようで誤解があるようだが。
 その代わりといってはなんだが佐伯妹や杏が義理チョコをくれたことも一応紹介しておく。騒がしいあいつらの前だと、嵩月も出にくかったんだろうな、きっと。

「奏っちゃんも大変よねえ。モテモテで」
『え? どういうことですか?』
「今もほら、男子生徒からの呼び出し受けてるみたいで、部活来てすぐに行っちゃったのよ。手紙とか多いみたい」
『あー……なるほど。嵩月さんレベルともなると大変そうですね』

 嵩月のチョコほしさにアピールを仕掛けている、ということだろうか。
 何故だか僕の心がむかっとしかけた時、ガラリ、と部室の扉が開いた。

「あ……」
「奏っちゃん。お帰りー」
「ただいま、です」

 張りつめたような表情で、嵩月が帰ってきた。
 朱浬さんに小さく頭を下げた後、僕の姿を見ると、びくりと肩を跳ねる。
 それはまるで、怯えた小動物のような仕草で……僕は軽く驚いてしまう。
 しかし疑問を口にする前に、操緒が陽気に問う。

『ねえねえ、告白とかされちゃった?』
「あー……えっと……」
「こらこら、あんまり首突っ込んじゃダメよ、サオちゃん」
『朱浬さんだって気になってるくせにい』
「ふふふ」
「嵩月?」

 戸口で固まったままの彼女に声をかければ、再び背中が震えた。先程よりも大きく、だ。
 さすがに不安になって、僕は眉を顰める。

「どうかしたのか? さっきから様子が――」
「わたし」

 顔を上げた嵩月の表情が、あまりにも辛そうに歪んでいたから、僕はそれ以上言葉を続けられなくなってしまう。
 朱浬さんや操緒も驚いているようで、狭い室内に、響くのは壁にかけられた時計の秒針が刻む音だけだ。

 嵩月は、長い睫に彩られた瞳を切なそうに潤ませ、唇を噛みしめている。

「たか、つき?」
「わたし……っ、わたしの、こと」


 夏目くんは、きらい?


 確かに嵩月は、そう言ったようだった。
 しかし、突然何故そんなことを聞かれるのか理解できず、僕は咄嗟に黙り込んでしまう。
 その反応をどう受け取ったのか、嵩月は大きく首を振ると、そのまま部屋を出て行ってしまう。
 勢いよく閉まった扉が立てた大きな音は、嵩月の心の拒絶を表しているようだった。

「え……?」

 訳が分からない。
 途方もない気持ちで振り返ると、操緒も呆然としている。
 凍りついたように動かない空間を、最初に解いたのは朱浬さんだった。
 くすり、という小さな微笑に、僕は想わず反発心を覚えてしまう。

「なんですか、朱浬さん」
「なんだか私の話で、奏っちゃんが余計な誤解をしてしまったようだから」
「誤解?」
『どういうことですか?』

 どうやら嵩月の質問の理由が、朱浬さんには分かっているらしい。
 申し訳なさそうに舌をぺろりと出して、朱浬さんはそれでも少し楽しそうだ。

「今日って死ねデーでしょ?」
「へ?」

 急な内容についていけずぽかんとする僕の頭上、操緒が納得したように息を零した。

『ああ……そういうこと』
「は? 何が?」
『二月十五日はさ、嫌いな人にチョコをあげる日だってたまに言うじゃん』

 それは聞いたことがある。どうしてそうなったのかは知らないが、二月十四日が好きな人にプレゼントする日なら、十五日は嫌いな人にものを送りつける日、だっけ。

「それが嵩月に関係あるんですか?」
「私、その話を奏っちゃんにしたのよ」
『つまりさあ』

 朱浬さんの言葉を操緒が引き継ぐ。

『昨日トモ、嵩月さんに言ったよね。明日チョコくれないかって』
「うん」
『それで、明日僕も渡すから、と言った』
「言ったのはお前だった気がする。……あ」
『そうゆうことだよ』

 つまり。
 バレンタインというイベントについて昨日初めて知識を得た嵩月にとっては。
 朱浬さんの話はあまりに衝撃的で。
 そして、今日受け取りたいと僕が言ったということが。

「すみません、朱浬さん」
「なに、トモハル」
「部活、ちょっと遅れるかもしれないです」

 返事を聞かずに、部室を飛び出した。


『……行っちゃった』
「奏っちゃんも、よく考えてみれば、今日告白されたり、クラスの子達が男子にあげてるのを見て分かるはずなのにね」

 それはそうかもしれない。
 けれど、昨日の知識を、自分以外にも適応できるかどうかは話が別だ。

「ついて行かなくて良かったの? サオちゃん」
『こういう時邪魔するほど、操緒は空気読めない子じゃないですよ』

 やれやれと嘆息し、操緒は珍しく、大人しく二人の帰りを待つことにする。




「ここにいたのか、嵩月」
「!」

 その声に振り向く瞬間に。
 勢いよく透明な粒が散ったのは、嵩月のために見なかったことにする。

 学校の屋上。
 今時は珍しく、特に封鎖などされていない屋上なのだが、季節柄もあって人の姿は滅多にない。
 息を少しだけ弾ませて、僕は嵩月に近づいていく。

「こ、来ないで。夏目くん」
「……嵩月」

 けれど彼女から返ってくるのは、怯えに近い拒絶だった。
 困惑する僕から、申し訳なさそうに視線を外し、嵩月はそれきり俯いてしまう。

 誤解を、させてしまったのだ。
 僕と操緒が不用意に、簡単な情報を与えてしまったが故に。

 バレンタインについて、改めて考えるも何もない僕らだけど。
 嵩月にとっては、知ったばかりの、きっと本当に重要なイベントだったはずなのに。

 軽い気持ちで欲しいと頷いた。
 嵩月は真剣に向き合おうとしてくれた。
 今日もきっとチョコを持ってきてくれたのだろう。
 料理の得意な彼女のことだから、素晴らしい一品であるということを疑う意味もない。
 けれど、十五日に。
 十五日が良いと、僕が言ってしまったから。

「ごめんな、嵩月」
「……ど」
 どうして夏目くんが謝るの。嵩月はそんな眼をしていた。
 今も、悪いのは自分だと責めているに違いない。

「昨日でも、今日でも、構わなかったんだよ」
「え?」

 夕焼けに照らされて、幻想的な美貌が紅く滲む。
 不安そうに佇んでいるのに、異様なほどに神々しく見える。
 綺麗だな、と思った。
 これ以上傷つけるより、ずっと。

 護りたいと、想う。


「嵩月から、チョコが貰えるなら……いつだって、良かったんだ」

 これだけの言葉では。
 鈍感な彼女には、うまく伝わらないかもしれないから。

 怯えさせないように、そっと近づいて。
 夕陽のせいなのか、赤く染まった顔と、見つめ合う。

「僕は、嵩月のことが――」







 時間軸的には原作パロですね。

 しかし、バレンタインという大切なイベントを異世界で過ごした旦那。奏、可哀想だ;





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