君が望むなら(求めて、欲して、願って)

 いくらでも。
 答えてあげようと思っているのに。




「ルルちゃーんッ」
 ぶんぶんぶんと。音が聞こえそうになるほど力強く手を振られ、ルルーシュは溜息をつく。
「ルールちゃーん、おーい!」
 無視を決め込もうと思ったが、あまりにも必死に邪気なく呼び出しを訴えてくる。

「おいルルーシュ。あれって誰だ?」
 隣のリヴァルが首を傾げた。
 ここはアッシュフォード学園内であり、本来彼はいない場所なのである。その疑問は寧ろ当たり前の常識。
「なんかさ、スザクの同僚。ラウンズの一人なんだってさ」
「はああ!? あれ、あの人、ナイトオブラウンズなわけ?」

 リヴァルが驚愕に表情を歪ませる。思わずその言葉に頷きかけるが、見えているだろうからいちいち分が悪いことを実行するのも気が引けた。
「俺、ちょっと行ってくるからさ。リヴァルは先行っててくれ」
 既に昼休み終了の予鈴は鳴っているが、教室にまでついてこられた方が迷惑だ。周囲の視線は既に少なくなっているのだから、わざわざ見られるような行動を起こす必要もない。
 リヴァルが渋々歩き出したのを見てから、その人物――ジノ・ヴァインベルグは嬉しげに接近してきた。

「ルルちゃーん! 会いたかったー!」
 素早い動作でルルーシュの間合いに入り込むと、一瞬で抱きしめる。広い肩にすっぽりとはまり、ルルーシュは苦渋に顔を歪ませる。
「あの……何の用ですか。スザクは今日休んでますけど」
 素っ気なく返すと、ジノはむっと唇をへの字に曲げる。

「別にスザクに会いにきたわけじゃなくて、ルルちゃんに会いにきただけ。逢瀬って言うんだっけ? 日本では」
 誰に教わったんだ、と突っ込もうとして、該当する人物が約一名頭に浮かんだ。
 それにしても、ルルーシュ側としてはこのジノという名の人物と全くもって親しくした覚えはないのだが、現に今こうして過剰なスキンシップの標的とされているのは何故だろうか。
 ゼロ関連の目的で監視されているのかとも思ったが、洞察するにスザクはその辺りの事情というものを話していないように見える。ただの憶測に過ぎないが、ジノは多分、ゼロについて知っていることは衆より上々程度のレベル。

「で、ほんとの目的は?」
「だからルルちゃんに会いにきただけなんだって」
 ジノのタイプの人間は中々心を見せない。裏表が分からない。もしくは、裏がない。
 笑顔を癖のように張り付かせ、邪気がない。ルルーシュはその事を苦々しく思いつつ、さっさと追い返そうと判断する。
 ジノの身体をぱっとはがし、にっこりと微笑する。

「俺はスザクに会いたいんだけどな」
 彼に全てを裏切られた、あの苦痛への、嫌味のようなものだった。
 しかし、予想と異なりジノは笑顔を消した。眉を顰め、その言葉への露骨な嫌悪感を示す。
 ――冗談めいて本当に連れてこようとするか、茶化すと思ったんだが。

「……ジノさん? あの」
「俺はやだ」
 我儘を言う子供のように、唇を尖らせ、呟く。
「は?」
「やだ。スザクは連れてこない」
 そう駄々をこねる。
「やだな。ただの冗談ですよ」

 くすくすと笑ってみせても、まさに青天の霹靂。
 ――このまま会話を続けても無駄か。
「あの、俺帰りますね。授業始まるんで」
 身を翻し、言葉の通り帰ろうとすると、その細く白い手をジノが掴んだ。

 ――これは予想通り。
 ジノは感情的でありながら、機械的な一面を持つ人物であるということはルルーシュの観察でしれていた。
 人との接触を極端に好む一面も。
 なんだかそれが、ひどく懐かしく感じた。
 過去のスザクとルルーシュのような、他愛なく平和だった、日々のような。

 ルルーシュが小さく睨んでも、ジノは怯まない。
「ねえ、ルルーシュ」
 初対面でも何故かルルーシュのことをルルちゃん≠ニ呼んでいたジノから、初めて呼ばれる名前。
「なんですか?」
「ルルーシュは、何を望んでる?」
 哲学? 質問の真意がはかれず、ルルーシュは押し黙る。
 何と答えればいいのか。ナナリーの奪還? ブリタニアの崩壊? 笑わせる。敵の一人であるこの男にそんな言葉を吐けば、どうなることか。

「何も望んでいませんよ」
「本当にそうかな」
「はい」
「でも俺はルルーシュに望まれるのならいくらでも答えてあげる」
 ルルーシュは眉を顰める。何を言っているのか、何を言いたいのか理解できなかった。
「何を?」
「スザクに、会いたいんだろ」
 びくん、と心臓が跳ねた。
 隠し通してきたつもりの、心の深く暗い部分を覗き込まれたような気がした。
 先程の言葉を遊ばれているだけだとようやく思い出し、笑って返す。

「だから、冗談ですって。スザクにはいつでも会えますし」
「スザク、ね」
「もう良いですか?」
 喋っているだけで不快になってきた。気が、する。
 心の奥底を見透かされているようで、気分が悪い。

「俺はスザクとは違うよ」
「…………?」
「スザクみたいに、ルルーシュを傷つけたりしない」
「!」
 どういう意味だ。
 総毛立った。まさか知っているのか。
 否、かまかけの可能性が高いだろう。ルルーシュは溜息をつく。

「何なんですか、さっきから」
「スザクのどこが良いんだ? どうしてまだ好きなんだ?」
 掴まれた手首が、痛いほどに締め上げられる。
 唇を噛みしめて視線で訴えても、ジノに気づいた様子はない。
「な……にを」
「スザクを殺せば、俺のこと好きになってくれるのか?」
「……は」

 おかしい。
 この男は、何を、考えている?
 質の悪い冗談は言わない人間だと、会話してみて思ったのが遠い昔のように思えた。

「望んでくれたなら、いくらでもしてあげるのに」
「いた……って」
「俺が君を護ってあげるのに」
「……ッ」
「兄さん!」

 世界を切り裂くような、鋭い叫びが聞こえたのはその瞬間だった。
 それは密着していたジノとルルーシュの間に割って入り、ルルーシュの手を締め上げたジノの手を振り落とす。
「ロロ?」
「兄さん大丈夫? お前、兄さんに何を――」
 ルルーシュを気遣いながら、ジノを仇のように睨み付ける。ロロ・ランペルージだった。

 ジノは叩かれた自分の手を呆然と見つめ、放心状態でいた。
 自分が今まで何をしていたのか、信じられないと拒絶するように。
「兄さん、行こう」
 ロロが囁く。ルルーシュは未だ混乱しながら頷き、歩き始める。
 ジノを一度振り返ろうと思ったが、隣のロロの激昂した瞳を見ると、それは憚られた。
 締め上げられた手首は、赤く腫れていた。




「……何、してんだよ、俺」
 自己嫌悪に陥り、ジノは唇を噛む。じんわりと鉄の味が広がった。
 あんな事が言いたいわけではなかった。あんな事がしたいのではなかった。
 けれど、刹那的な衝動でルルーシュを痛めつけた。その事実が、ジノの胸を締め付ける。

 スザクとの間に過去何があったのか、など知らない。雰囲気で感知しただけだった。
 スザクの話題の時のルルーシュの寂寞の瞳。
 ルルーシュの話題の時のスザクの冷淡な眼。
 そのようでどちらも、想い焦がれて。

 馬鹿らしい嫉妬だった。阿呆らしい行動だった。
 それでも、本心の一部だった。

 スザクを殺せば、ルルーシュが、ジノの願いを叶えてくれるのなら。
 きっと。



 そう思ってしまう自分がきっと、一番寂寞に侵されて冷淡なのだろうけれど。








 ジノの話し方は果たして合っているのか……。
 時期的には文化祭の後くらいのつもりです。ジノルルロロキュンキュン。


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