この人といると、怖くなる。
 無条件の優しさ。無意識の気遣い。
 大切そうに、ロロを見つめて。浮かぶ笑顔。


 ……この人の記憶が戻って。
 浸かっていた暖かさから、引き離されるのか。
 軽蔑と侮蔑の瞳に、睨まれてしまうのか。
 かわり≠フ、偽の、愛情さえも……失われるのか。
 怖かった。
 組織に捨てられるとか、裏切られるとか、そんなことよりずっと。
 ――怖かった、のに。

『おまえが……弟だから』
 植え付けられた記憶だとしても、と言ってくれた。
 過ごした日々は何も変わらないと、言ってくれた。
 空っぽのロロに、生まれたことへの祝福をくれた。

『ロロには、人殺しのある世界なんて似合わない』
 言葉を、未来を、――希望を。


 な、の、に。






空虚クライ。(ぽっかりと、穴が開いたように)




「ナナ、リ……ッ」
 どうして、夢の中でさえも。
 そんなに苦しそうに、辛そうに、掠れた声で、たった一人の名前に焦がれて。


 形の整った頬を流れる一筋の涙を拭うと、ロロは額にのせたしぼりを再び水で濡らし、ルルーシュの顔を覗き込む。

 分かってはいる。知っていた。
 ロロは、かわり≠ノさえなれない。

 テロリストになってまで、護ろうとしたものの大きさ。それくらいロロにも理解できる。
 ルルーシュにとって、ナナリーは、唯一無二の大切な人であることは間違いなかった。
 けれど、それはルルーシュの負担なのではないだろうか。
 ロロの見るその人の横顔は、いつも寂しそうで。無理をしている笑顔をはりつかせて。

 けれど、ロロはルルーシュの助けにはなれなかった。
 支えにさえなれない。背負った荷物さえわけてもらえない。
 こんなに、想っても。
 ロロは、重く深い愛情を抱くその人を見つめ、溜息をつく。
 そして、一人にしておくべきでないかと、部屋を出ようとした瞬間だった。
 ルルーシュが、また、呼ぶ。

「ナナリ……ッ」
「――ッッ!!」

 もう、耐えられなかった。

 怒濤と激流化した感情の成すままに、一人の少女を求めるその唇をふさぐ。
 苦しげな呼気がもれる音がしたが構わなかった。首を持ち上げて、汗で張り付いた髪を払ってやりつつ、無我夢中に。
 二人の息が、幾度か交じり合う。

 そして、ルルーシュが――のろのろと片眼を開け、小さく口を開く。
 ロロの胸中で、無神経な期待が高まる。
 呼んでほしい。妹の名前でなく、ロロを。
 求めてほしい。いつものように、ロロを。

「スザ、ク…………?」
「――」

 しかし期待は、最悪の形で裏切られた。
 忌まわしき名前。絶望でロロの顔が歪む。
 ルルーシュは夢現だったのだろう。既にその瞳は閉じられ、先刻よりかは安らかな寝息を立てて眠っている。
 ロロは、腕の中のその人を優しく抱きしめる。

「兄さん……僕は、兄さんを苦しめたりしないよ」
 妹のために、ずっと戦ってきた人。
 必要なのは、ブリタニア皇帝の首でも、母の死の真実でも、ギアスの真相でもなくて。
 安らぎの、はずなのに。
 どうして、こんなに傷を負っても尚、ルルーシュが立ち上がらなければならないのかロロには分からなかった。

 裏切った妹と――幼なじみのために?
 気づけば、ロロの両目から冷たい涙がこぼれおちていた。
 兄への想いと、二人への嫉妬が、雪のように積もって、溶けることはなく。
「僕は、兄さんを……独りには、しない。絶対に、しないから」

 それをたとえ、兄さんが、望んでないとしても。






 ロロが立ち去り、しんとした空間で。

「ロロ…………」
 ルルーシュさえ知らず、漏れた名前は――誰にも聞こえず。




 ただ、空虚へと、滲む。







 話数的には七話のワンシーンです。
 このシーンのロロは報われなさすぎでした……。自分の小説でも然り。
 タイトルは結構気に入ってます。意味合い的には喰らいと暗いとクライ(叫び)。

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