ねえ、ごしゅじんさま。
 あなたは知っていますか?



ご主人さまはピザのあじ。 (あとで一緒に、ぴざ……食べたいです)





「ご主人さま、ご主人さま」
 書類の整理をしていると、C.C.が控えめに声をかけてきた。
 C.C.の姿をしながら、それ以外のC.C.としての要素を持たない、記憶喪失の少女。

 ルルーシュが手を止め、椅子を回転させ振り返ると、ソファの陰に隠れたC.C.はびくつきながらも恐る恐る顔を出す。
 整ったその美貌に、C.C.特有の苦笑や失笑といった表情はない。ただ、主人と認識しているルルーシュに媚びを売るように、臆病さを兼ねた作り笑いを浮かべている。
 それが苦しくて、ルルーシュは無意識に眼を伏せる。
 彼女の素顔を知りたいと思いつつも、以前のC.C.の痛々しい姿など、見たくはなかった。

「あの……ご主人さま、あの」
「何だ?」
「食べっ……食べ物、を」
 ああ、とルルーシュは頷く。
 C.C.と彼女の共通点といえば、もう一つあった。病的なほどピザを大好物としていたC.C.だから、記憶を失った状態でもどうかと試してみたら、ピザが好きになった様子だった。
 可憐に頬を染め、主人の了承を求める奴隷の少女は、ルルーシュを上目遣いに見つめている。

 この少女はC.C.でないと分かっていても、ルルーシュは彼女を無下に扱う気はなかった。後で頼んでおくと答えつつ、しかし先日彼女を無意味に怖がらせてしまったのを思い出す。
 不死の力を失ったC.C.の指の怪我は、未だ治らず、絆創膏を貼ったままとなっている。彼女はただルルーシュを気遣っていただけなのに、苛々していたルルーシュはC.C.を叩いてしまった。
 皿をぶつけられ、凍りつき、主人に対する畏れで泣きそうになったあの表情を、忘れることは出来そうにない。

 苦々しくルルーシュが回想していると、それを柔らかくC.C.が破る。
「違うんです、ご主人さま。そうじゃなくて……」
「?」
 疑問符を視線で向けると、慌てたような仕草と共にC.C.は言う。
「ご主人さま、食事をしているようすが、ないので……その、」
 あんな出来事があって尚、ルルーシュへの気遣いと気配りを見せるC.C.に、ルルーシュは驚いて瞬きする。
「なんだ、君が食べたいんじゃないのか」
「そうじゃっ……いえ、それも、――あるんですけど。
それより、ご主人さまが、食べないとだめです。お腹がすいちゃいます」

 ソファから落ちるように飛び降りて、ルルーシュの傍に寄ったC.C.は、正座の姿勢をとってルルーシュと向き合う。
 三メートルほどの、距離をあけて――これ以上近づいてしまうことは、許されないとでも思っているように。
「しっかり、食べてください。ご主人さま、元気がないです」
 単純な思考を表したような言葉。けれど温かい、不思議な言霊。

 椅子から降りると、びくついてC.C.は小さく後ずさりする。その距離を自ら縮めて、ルルーシュは静かに問う。
「……どうして、俺のことを気遣ってくれるんだ?」
「?」
 質問の意味が理解できないように、C.C.は無邪気に首を傾げる。
「俺は、君にとって、何なんだ?」
 自分の存在を、ルルーシュ・ランペルージを知る人は、もう多くはない。
 その思いが現れた苦言に、C.C.は、まるで当たり前のように、控えめに微笑む。
「ご主人さま、どうして私がぴざを好きなのか知ってますか?」
 質問に質問を返され、同時に話題とは関係ないものに、次はルルーシュが首を傾げる。





 ねえ、ごしゅじんさま。
 あなたは、知らないのですね。

「ご主人さま、優しいって、私は知ってるから」
 哀しげに、笑って。苦しげに、俯いて。
 そんなあなたを、こんな近くで見ているのに。
「ご主人さまとぴざ、そっくりです」
 びっくりしたように、主人は眼を見開く。
 この人のことを、C.C.は確かに、よく知らないのだけれど。
 でも、人の善人悪人の判断は、多分得意なのだと思うのだ、自分は。

「甘くとろけて、たまに辛い、ところ。……そっくりです」


 その優しさに、気づかないわけがないのだから。








 
 

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