流星プラス (ありがとう。貴方が大好き)






 永続的な鈍痛だった。
 気持ち悪い。吐き気がする。混濁する意識。視界は逆流と反転を繰り返す。
 それでもロロには、眼を開けていなくてはならない、理由がある。



 ――目の前に、ルルーシュがいる。

 それを理解しながら、ロロの両目の視界は靄がかかったように掠れ、景色にピントを合わせることさえ困難になっていた。
 少し、悔しく思う。
 けれど、それも良いのかもしれない。

 ルルーシュの顔が、歓喜に歪んでいたら。ロロの逝く姿を見て、嗤っていたなら。
 ロロはきっと、死ねなくなる。
 相反する二つの想いは、せめぎ、絡み合い、ロロの感情を重く締めつけていた。
 ルルーシュのことを信じつつ、裏切りと拒絶を畏れる、弱い精神(ココロ)。
 既にロロは、ルルーシュの意思を無視し、勝手な行動をしている。それに――。

『この偽物め……っ!』
 偽りだと、言われてしまった。

『俺はお前が嫌いなんだよッッ!!』
 殺すつもりだったと、言われてしまった。

 ルルーシュが嗤っていたら、その言葉をロロは、強制的に信じなければならない。
 それでも構わないなんて、一方的であり、ルルーシュの手助け≠ニなる言葉を、ロロは言えない。
 つまりは、ルルーシュにいくら嫌われても、自分は好きだと。しかし事実として、その言葉はルルーシュへの恋慕全てを否定することを意味するのだから。
 だから。
 言いたくない。
 だから。
 聞きたくない。

 けれど眼を閉じ耳を塞ぐのは、ルルーシュへの拒絶となる。
 苦々しい心情に、その時、ルルーシュが何かを小声で口にしたのが届く。その声を、声がしたことだけはなんとか掠め取ったロロは、無意識のうちに眼をぐっと凝らす。
 大好きな人の言葉を、一言一句聞き逃してはならないのだと傾いた、思考。
 例えルルーシュの顔が歪んでいても、そんなことよりずっと大事なことなのだと、胸を張って言うように。
 眼を、凝らした、

「――」

 ロロはしばし、呆然と言葉を失う。
 自身の思考とは、一切似つかない、


 ルルーシュの、……笑顔。


「……っ!」
 その表情を、見た瞬間。
 女神の微笑。神の慈悲。何よりもそんなことより、ロロのことだけを見てルルーシュが浮かべた、優しい表情(カオ)に、感情が濁流となって溢れる。

 ――泣いてしまうほど、綺麗な笑顔だと、思った。

 ルルーシュが一年間記憶を失っていた頃。ロロへ向けていた笑顔よりもずっと、それはずっと、輝いているように見えた。

 以前、生徒会の面々に言われたことがある。
 ルルーシュとロロの顔は、よく似ている、と。
 兄の尖った雰囲気と、弟の丸みを帯びた雰囲気が、何故だかよく似ていると。
 偽りや嘘など関係のない言葉を聞いて、あの時のロロは、すごく嬉しくて。
 そして今、漠然と、ルルーシュのような優しさに溢れた微笑の表情が羨ましい。
 ロロもいつか、こういう笑顔を――兄へと、見せたかった。
 死を、すぐ隣にいる死を理解しながら、ロロはそれだけを悔しく思う。



 ロロは、気づかない。
 兄へ向けた表情が、そのルルーシュにも負けないほどの、優しさに彩られていることを。



 ルルーシュは一瞬、驚いたように瞬きし、それから再び笑顔で言った。

「何か俺に、願い事は、ないか?」

 あるなら、絶対に叶えると。
 言われ、ロロは眼を見開く。
 それなら……本当に叶えてくれるなら、言ってほしい言葉が、ある。
 夢で何度も聞いた、何度も焦がれた、言葉。
 けれど、ロロがお願いして、聞く言葉は。自己満足にしかならないのだ。
 ――でも。
 最期くらい、良いだろうか。
 強がってないで、おねだりを、したい。
 そう思うと同時、口を開こうとする。
 しかし――。


 口は、開かなかった。
 否、開けなかった。
 そんな簡単な動作さえ出来る力が、もうロロには、残っていなかった。
 その事実に、顔を歪めたロロは。
 自分の手に触れる、柔らかい感触に、気づく。
「…………?」
 必死に首を傾け、視線をずらす。
 温かさの正体が、それでようやく――理解る。
 ルルーシュの手と、その手とロロの手の間に、しっかりと存在する宝物(モノ)。
 兄に貰った、大事な、大切な……ロケットが。

 身体をうまく動かせないロロの頬を、ゆっくりと持ち上げて。
 ルルーシュは、満面の笑みと共に、言う。
「――嘘だったよ」
 どんな色とりどりな花より美しく麗しく、死に果てる人を想う、言霊を。

「ロロ。――愛してる」

 聞いた、渇いたロロの唇から、震える声が、零れる。

 彼の命と、引き替えにするように。
 同時に、今まで止めてきた時間を、取り戻すように。

「……知ってるよ?」
 ほしかった言葉をもらった。
 もう充分に、ロロは満たされていた。
「僕は、兄さんのことなら……」
 ルルーシュと同じ言葉を叫ぶロロの心は、ルルーシュに響いているから。
「なんだって――」
 大丈夫、だから。






 安らかに、眼を閉じる。
 唇に、柔らかい感触を最期に。

 安らかに意識は、消えてゆく。







 
 ロロ追悼第二弾。BGMは「ノーザンクロス」。
 「嘘つき優しい兄弟」と、照らし合わせてくださると嬉しいです……!

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