バレンタイン・コンパクト
バレンタイン・コンパクト
(ハートの曲線、愛しの人へと飛んでいけ)
アッシュフォード学園には、美形が多い。
そんなどうしようもないことをシャーリーが改めて実感するのは、こういったイベントがあると、必ずと言っていいほど暴動のような騒ぎが発生するからだ。
「ルルーシュ君ッ!! 私のチョコ受け取って!」
「何よあんた! あたしが最初にルルーシュの腕を取ったんだからあたしが先でしょ!!」
「ジノ君はどっち行った!? 追跡班どうなってるの!!」
「連絡が途絶えました! 枢木君行方不明です!」
「……ミレイ会長……どこにいらっしゃるんですか?」
それは別に、血筋とか家系とか。
そういった些細な事情とは関係なしに、もたらされた奇跡みたいなもので。
騒ぐ女子も。
浮かれる男子も。
本当は愛に生きているだけなのかもしれないけれど。
その中心にシャーリーにとって大切な少年がいるとなると、なんとなく気分がむっとしてしまう。
「あれ、シャーリー。こんなとこにいたんだ」
「あ、会長」
かけられた陽気な声に振り向くと、学園の会長ことミレイ・アッシュフォードが楽しげに微笑んで片手をのんびりと振る。
生徒会室にいたのはシャーリーだけだ。ミレイは用事を済ませて今やって来たところらしい。
小さく開いた窓から、ひんやりと冷たい空気が循環されている。
夕焼けの色で、ミレイの微笑が滑らかに彩られた。
「あんたも逃げてきた口?」
「あはは……はい。クラスの男子が、何かと話しかけてくるので……」
クラスの、と言ってはみたが、実際は知らない顔も何かと寄ってきた。
今日は十二日、金曜日だ。十四日の日曜日は学校では会えないから、今日のうちにと思っているのだろうなと、ぼんやり思考する。
「やっぱモテるわねえ。こんの色女」
「会長こそ、さっき女子に追いかけられてるの見ました」
「はは。なんでかねえ。そっちの方が笑えないわ」
ちらほらと、自分に好意を抱いている男子が存在するのは知っている。
下心丸見えに近寄ってこられれば当たり前だ。嫌でも気づいてしまう。
そして彼らの思惑通り、十二日の現在、既にシャーリーはチョコを用意していた。
まだ渡しては、いないけれど。
「折角のバレンタインなんだし……何かイベント開催したいとも思ったけど、既にこれだけの騒ぎだからやりようがないのよね」
「余計すごいことになっちゃう可能性もありますしね」
「そうそう。うちの男性陣もしっかりモテてるみたいじゃない。流石あたしの生徒会」
シャーリーはその言葉に思わず噴き出してしまう。
ミレイはそれを眺めながら、ふと、出来心のように訊ねた。
「ねえ、シャーリー。あんたは渡せたの?」
「え? わ、私……ですか?」
「もっちろん、作ってきたのよね? 本命様に」
「そ、それは。えと」
頬を真っ赤に染め、俯き狼狽えるシャーリーの顔には、まさに恋心そのものが浮かんでいる。
自分には出来ない、可愛らしい少女の姿に、憧憬に似たものを抱きながら、ミレイは悪戯っぽく人差し指を立てた。
「早く渡してきちゃえばいいのに」
「だ、だって」
シャーリーだって、本当は。
彼に会って、他愛ない会話を交わして、それから、
なるべくさり気なくチョコを渡したい。
ああ、違う、秘めた気持ちと共に贈りたい。
でもそんな勇気はなくて。
度胸だって備わってはいないから。
「だってルルは……いっぱい、貰ってるから」
こうやって生徒会室に引きこもり。
いつか彼が自分から来てくれるのを密かに待っている。
騒ぐ女子も、浮かれる男子も。
呆れているのはふりで、本当は、ただ羨ましいのかも。
「確かにあいつはモテるけどさ。シャーリーからのじゃ話は別だと思うけどな」
「そ……、そう思いますか?」
「そりゃあね。楽しみに待ってるんじゃない? あの鈍感男じゃ、分かんないけど」
本当ならば十四日に渡しに行こうと思っていた。
けれどその日は、今日以上にルルーシュ争奪戦は激しくて。
それに彼はそんなに甘いもの好きではないから、うんざりされて受け取ってもらうのも難しいかと考えて。
しっかり考えている、つもりだけれど。
実戦もできないなら、格好悪いだけだ。
「無理に伝える必要なんてないんだからさ」
優しい声音で呟くように小さく言うミレイの横顔を、じっと見やる。
「渡すだけでも頑張り。だから一押ししてあげる。頑張れシャーリー」
「わっ」
背中を押され、椅子から落ちる。慌てて振り返るも、シャーリーの席には既にミレイの身体がしっかりおさまっていた。
「さーて、事務仕事でもしようかな。色ボケさんはどっか行っちゃいなさい」
「会長……」
来た時と同じ、緩やかに手を振って、それから早速ミレイは仕事に取りかかる。
シャーリーは、潤む瞼をごしごしと拭って、遅れを取り戻すように颯爽と立ち上がった。
「ありがとうございます。わたし……探してきます! ルルを!!」
気持ちはまだ伝えられなくて。
要らない言葉でまた殻に閉じこもったとしても。
それでも。
これは多分、一生に一度の恋だから。
「いってらっしゃい」
「行ってきます!」
だから、少しずつでいい。
繋がれ、私の気持ち。
初めてのルルシャリ。ルルは登場しませんが。
最初はシャーリー視点のジノルルのつもりだったのですが、可哀想すぎるのでやめました。シャーリー好きです!