「互角に戦えるならば、勝利の確率は50%だ。相手から1%を奪い取れば勝てる」
その言葉は、根拠も何もない、ただ心からの確信だけに満ち溢れ力強い響きを放っていた。
何より自分達の実力を理解しているチームの司令塔の発言だ、心強い、とばかりに頷くチームメイトを余所に、その妹である春奈だけは、鬼道の後ろで微笑み、小さく呟いた。
「お兄ちゃん……なんかキャプテンに似てきた」
その指摘に。
きっと、鋭敏な反応を見せたのは、当の本人だけではなかっただろう。
50 / 50
(半分で満足できない、自分がにくい)
円堂守の魅力を一言で語るとしたらば。
当然のようにその人徳は挙がるだろうし、整った容姿も、惜しまない努力も、輝く才能も、一つでも抜かせば円堂守には成り得ないのだから、結局のところ彼が彼らしくあるのが周囲にとって支えであり、望むべくキャプテンの才たり得るのだ。
本人は少しも理解していないかもしれない、
だからこそ眩しいほどに想えるのかもしれない、
それは円堂だからこそ。
唯一の人、だからこその。
「はーっやっぱレベル最大の特訓は効くなぁ」
疲労困憊の身体を床に横たえ、円堂は言いながらどこか嬉しそうに笑っている。
火照った身体に丁度良い温度だったのか、つめてーと呟きながら、床に擦りついている。
気の抜けたその仕草が妙に可愛らしく、鬼道は思わずくすりと笑みを漏らしてから、揶揄するように付け加えた。
「少しとばしすぎじゃないのか?」
「へへっ。まだイプシロンとの決着はついてないからな」
散々の絶望を叩きつけてきた宇宙人達との戦いだというのに、この笑顔。
全く、宇宙一のサッカーバカの思考回路は本当にどうかしている――そんな風に呆れながらも、どこか安堵を覚えている自分がいるのも事実だった。
「奴らから雷門のゴールを守るには、俺がもっともっと強くなんなきゃ!」
「お前がそれ以上強くなるというなら、俺達は更に強くならないとな」
「うんっ。頼りにしてるからな、鬼道!」
「…………ああ」
そんな風に。
言葉を貰えるだけで、どれ程の勇気がこの胸の内に湧いているのか、きっと円堂は知らない。
友達だから、仲間だから、それだけの理由では到底語り尽くせぬほどの万感が込められた言葉なのだと気づかない。
守りたいから、強くなりたいのだと。
気づかれないなら、忘れてくれていい。
「そういえばさ、」
「? 何だ」
「音無が言ってたよね。『鬼道が俺に似てきた』って」
ぴたり、と。
傍に突っ立っている鬼道の動きが完全に停止したことに、寝ころぶ円堂は気づかなかった。
「なんかさ、不思議な感じするけど、ちょっと嬉しいな」
「……そういうものか?」
「鬼道と、短い間かもしれないけど一緒にいてさ、その時間が証明されたような気がするんだ」
だから嬉しい、と無邪気に微笑む。
そうか、と頷いて鬼道は、けれど先の声を噤む。
嬉しい。
お前が俺の中に溶けるこの柔らかい感触が。
嬉しい。嬉しい。
お前を俺の中に感じるこの愛おしい感覚が。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
だけど。
「互角に戦えるなら、勝利の確率は50%だ。相手から1%を奪い取れば勝てる!」
チームメイトを奮い立たせるために。
口にした言葉を、円堂が再現してみせた。
自分が発言した時だって、勿論、ただの励ましや慰めのつもりで言ったわけではない。
それでも、円堂が目の前で言う、それだけで、必ず実現できる未来と信じてしまいたくなる。
言霊の強さが、心に響き渡るように。じんわりと広がって、何故か唇を噛みしめた。
ではないと、もしかしたら、泣いてしまったかもしれない。
「……だよな? 良い言葉だな」
無言で座り込むと、円堂もむくりと起きあがって、隣で体育座りをする。
少しだけ開いたその距離が、自分達の心の距離を現しているならば、今すぐにでも詰めてやるのに、と思う。
思って、想っても、届かないと知りながら。
「……円堂。50%というのは、だが、酷く脆い数字とは思わないか?」
「え?」
「2分の1、だぞ。どちらかが外れ、どちらかが手に入れる。どちらの可能性も絶対に捨てきれないんだ。俺は、それが怖い」
「何言ってるんだよ。だから鬼道も言ったじゃないか。あと1%を奪い取れば――」
「そうじゃない!」
思っていたより、ずっと強い拒絶の言葉が放たれ、円堂が驚いたように軽く身を竦ませた。
心の距離が、また開く。
果たして本当に、1%を埋めるのは簡単なことなのだろうか。
重い独白が、心の隙間を縫うように。
「……俺は絶対に、お前にとっての51%にはなれないんだろうな」
「…………きどう?」
それは。
どういう意味だと聞きかけた円堂から目を背けて。
「こんなに傍にいたって、あいつの方がずっとお前の隣にいるんだろう」
静寂に包まれた空間に、息を呑んだ音が僅かに伝わって、溜息混じりの呼気を吐く。
こうやって辛いことをなんとか頭の隅に追い込んで努力を続けている円堂が。
話題に出さないよう、思い出さないようにと、そう願っている人物を、勝手に持ち出して。
自分の痛みを押しつけるためだけに。
「それで、いい。俺は毛頭、奪う気など更々ないのだから」
「鬼道」
「どんなに手を伸ばしたって、50%が限界だろう」
「鬼道」
何度も、何度も。
古株が用事だとやってくるまで、ずっと円堂は鬼道を呼んでいたけれど。
その真意を掴めない鬼道は、ただ沈黙を保ち、耳に心地よいその声だけを記憶に刻んでいた。
彼にとって50%にでもなれたなら、どんなにか幸せだろうと考えて。
結局のところ、あと1%が欲しくて、悔しくてたまらない心情を濁した。
愛おしいと、想う気持ちは強すぎるが故に返されない分が痛みになって襲ってくる。
だからきっと、円堂はこちらの50%を呑み込んで苦しんでいるのだろうと、思った。
「……俺は絶対に、お前にとっての51%にはなれないんだろうな」
図星、なのだろうと。
溜息を吐いた鬼道の姿が弱々しくて、円堂は何度もその名を呼ぶ。
今はもう隣に立っていない、力強いエースの姿が、確かに二人の横にあった。
好きで好きでたまらない、たった一人の存在が、ないのだと殊更事実をぶつけるように幻想は浮かぶ。
「それで、いい。俺は毛頭、奪う気など更々ないのだから。
どんなに手を伸ばしたって、50%が限界だ」
嘘なのだろう、とは、簡単に気づく。
痛ましげに表情を歪め、言葉と共に伸ばしかけた手を無理矢理に引っこめて、鬼道は円堂から逃げたがるように目を背ける。
本当は。
それとは正反対の行動を、求めて止まないのに。
「……きどう」
呼ぶ。
応えない。
彼は自分の言葉に聞く耳を持ってくれないし。
自分は彼の言葉に応える勇気を持っていない。
隣の温かさがないこと。
支えを失ってしまったこと。
それは真実だ。
未だに名前を呼びそうになるのも、背中の影を追いかけてしまうのも、否定などできるはずもない。
ずっと三人で並んで歩いていたから。
一つの柱をなくした自分達は、とてもとても真っ直ぐには歩けなくて。
「……でも。鬼道、俺、ほんとは」
お前にはきっと分からないよ。
俺の声がほんとは聞こえてないでしょう。
「俺にとって、お前はさ……」
ふりをしているだけで。
告白など、だから、一方通行なのだ。
「豪炎寺じゃなくて、お前が、」
100%なんだよ。
そう、言いかけて。
「…………」
顔を伏せた鬼道が、全く、自分の言葉が聞こえていない様子を目にして。
「……なんでも、ない」
軽く流して、嘆息がてら、泣きそうなほど歪んだ顔で、笑った。
「きどうの、ばーか」
キャプテンとしての円堂の言葉はちゃんと受け止めているのに、その本心には全く気づいていない鬼道さん。
一度この二人で書いてみたかった両片想いモノでした。
それにしても春奈ちゃんのあの台詞には悶えました……! キャプテンに影響される鬼道さんはんぱねえ……。