友達は友達だけど (もう二度と、そう呼ばれたくないから)
触れたのは、偶然だった。
夕方に練習が終わり、ほとんどが更衣室に吸い込まれていく中。
風丸は肘の擦り傷の手当で遅れ。
話しかけられるばかりで中々着替えが進まない円堂が、結局ひとりになって着替えている更衣室に、目的を同じくして訪れた、それだけだった。
だった、のだけれど。
「ばかッ」
「……えんど、」
「風丸のばか! ばか!」
ひどい、ひどいと責め立てるような、悲痛の混じった弱い罵倒だった。
着ようとしていた途中のジャージは右肩にだけぶら下がり、Tシャツに隠されていない白い鎖骨だけが電灯の下で浮き上がるように照らされている。
その艶めかしさと、触れた唇の熱さに、溶けそうになるくらい心臓が早鐘を打つ。
その気配を敏感に察知したのか、獣が唸るように喉を鳴らし、上目遣いに睨んでくる円堂は、けれどその仕草にさえ興奮を覚える男の性をちっとも理解していないのだろう。
風丸にとっては、それがどんなに隙だらけの警戒か、気付きもせずに。
沈黙をどう解釈したのか、大きな瞳を困惑に揺らした円堂は、風丸を見詰め、その情愛を一層深く感じたのだろう、信じられないというように首を振った。
それでも風丸の目線が揺るがないのを見て取り、
ぐっと歯を食い縛ると、震える手の甲を、躊躇いがちに唇へと寄せた。
二度、三度と擦る、その手つき。
拳の形に握った手に、風丸の唾液が浅く広がって。
思わず、喉が渇きにごくりと喘ぐ。
「円堂」
もう一度。
あの至純が、欲しい。
時が止まったかの如く、幸福に満ちた一瞬の奇跡を、過ちを、再びと求め。
数歩の距離を詰める。
円堂は、逃げなかった。
けれど受け入れているとは言い難いほどその表情は張り詰め、曇り、歪んで、何が起きているのか全く理解していない風であり、現在に至るまでどんなにか鈍感に生きてきたのかと、ジレンマに近い思考は募るばかりだった。
――触れるだけのキスなら。
――きっと、疑問にも思わなかったのかな。
ひどく、そう感じた。
そして多分、外れていない予想なんだって。
何故なら、
円堂にとって俺は、その程度のことなら笑顔で許される身であるから。
「……俺が……」
それでも。
悪戯や意地悪で、こんなことをしたのではなくて。
ちゃんと。
見て欲しかった、のだ。本当の気持ちを、風丸の真実を。
俺はこんなにも汚れていて。
お前をこんな眼で見ていた。
なあ、円堂、
「怖いのか……?」
誤魔化しがきかない所まで、とうとう来ちゃったよ。
嬉しいやら哀しいやら複雑だけれど、ようやく、なんだ。
頬に優しく触れると、驚いたようにびくりと跳ねた円堂は、泣きそうな顔をして震えていた。
罪悪感。と、一歩詰められた達成感。
友達の距離を、縮まらない距離を、無理矢理に埋めてしまった、醜く引きつった達成感。
「怖くない。けど」
こんなにも。
震えながら、怖くなんてないと否定するその声が、愛おしくて。
「けど…………」
友達は、友達なんだ。
続いた言葉が、胸を抉って通り抜けていった。
「……そうだな。俺とお前は一生友達だ」
今まで自身を苦しめてきた事実を。
どんな顔で円堂が聞いているのか、知りたくないから、卑怯なことに眼を閉じる。
勝手に、脳内で。
まるでこの感情が抱擁されているように、妄想しながら。
「友達は友達だけど、」
頬に爪を立てて、噛みつくように真っ赤な唇を差し向ける。
どうか許して欲しいと、願いながら。許されない行為と知っている、矛盾。
馬鹿だと何度も罵って欲しい。
愚鈍だと何度も責めて欲しい。
最悪だと何度も苛んで欲しい。
その代わりに、
「もうこのままじゃいられない」
今から俺が、円堂を壊す。