欲しいものは何でも、勝ち取ってきた。

 「帝国の鬼道」にはそのための布石が用意されていて、その修羅を歩むための経験が積まれていて、そして周囲には期待を押し付ける観衆が所狭しと並んでいた。

 今は決別したあの男も一人。
 血のつながりのない家族も、また。

 期待を、期待を、疼くようなそれを肌に押し付けては、焦がす。



 けれど。

 ……なあ。
 そんな俺に。
 お前の言葉がどれほどの。

『鬼道、俺と一緒に――』




 勇気と奇跡をくれたのか、知っているか?







ばかなオレ。 (吐露〈オレは〉な、心情!〈欲しいものはかならず〉)







 喉が、からからに渇いている。
 不動の唾液が少量だけ、通ってしまった気がするのに。

 空々に、凍りついて、


「…………き、ど」


 呻きにも似た、呼びかけだった。
 それはまるで、誰も予想していない瞬間の出来事ではあったし、不動も狙ってやったわけではないし、円堂もされると身構えていたわけでもなく、

 鬼道も当然のこと、自分がそれを目撃するなどとは、到底想像の射程外だった。



 えんどう、と、鬼道の唇は言いかけたようだった。
 しかし、開いた途中でもう耐えきれなくなったように、言葉の形を結ぶことを拒絶し、まるで涙を堪えるように引き締めるに止まる。
 ブルリ、と一度、痙攣するように身体が揺れた。
 それを見た円堂は、大きく眼を見開くと、引き絞るように声を上げた。

「鬼道、おれ」
「はいはい、キャプテンは口出ししない」
「何言ってるんだ不動! これは俺と鬼道の」
「問題だからって?」

 だから何、とでも言うように。
 強気に突っぱねる不動に、円堂は怯み押し黙ってしまう。

 口と、口を、つけられて。
 それを恋人に目撃されて。

 平静でいられるはずもない円堂に、さして気負う風もなく。



「ざーんねん。俺はそんな事情しらねえし」
「…………不動」

 苦しげに見上げてくる瞳も。
 可愛いなんて言ったら殴られる気がしたので、首筋に指を絡めるに止まる。

 冷たかったのか、短い抗議の悲鳴が上がる。
 耳を撫でると、いやいやするように縮こまるから、状況に関わらず益々調子に乗りかけた。


 強い殺意を、背中に受けるまでは。


「……あらあら鬼道クン、嫉妬ですか?」
「円堂から離れろ不動」
「やだって言ったら?」
「実力を行使する」


 慌てたように、円堂が不動の手を振り払った。ようやく自覚の足りなさを実感したようだった。
 鬼道の方を見て、その纏う空気に驚いたように絶句してから、所在なさげに視線を彷徨わせる。

「ごめん鬼道、おれ、俺が」
「もういい。早くこっちに来い円堂」
「でも」
「頼むから!」

 心さえ切り裂くような叫び声を。

 怒られたように感じたのか、円堂はびくりと震え上がった。う、う、と何度か呻いて、それから大きく頭を振って、ようやく鬼道の元に走り出す。


 不動は去っていく小さな姿に反射的に手を伸ばしかけ、
 それでもその手を――やがて、戻した。

 どうしようもないことを諦めるかのような、苦笑と共に。

 鬼道に抱かれた、円堂を。
 焼き付けて、それから、いつものように挑発的に口の端を吊り上げる。


「あーあ。鬼道クンが怒るからすっかり怯えてるし。カワイソーなキャプテン」
「……! 元はと言えば」
「俺のせいですって? ハイハイそーそー。それで正解大正解っと」

 あーあ。
 さっきまで俺の腕の中、小動物よろしく震えてたくせにさァ。

「でもよ、キャプテンは自分から俺と仲良くしたいって言い寄ってきたんだぜ?」
「お前がその感情を、利用しただけだろう」
「ははーん。王子様な回答どうも」

 今じゃすっかり、そこが定位置ですって顔ですっぽりおさまってる。
 そのマントの温かさに、誤魔化されたワケ?

「けどさ鬼道」



「それはお前も変わんないだろ?」



 なら、
 俺が反逆する。


 表情を失った鬼道と。
 一際大きく、揺れた円堂の背中。


 もうマントなんかじゃ、温められないって。
 ……いい気味だ、バーカ。



 じゃな、と、短い捨て台詞でその場を後にする。
 宿舎に帰って、また一人、ぼんやりと天井でも見上げるか。

 なんて、センチメンタル浸りつつ。
 今更になって、

「枕がほしー……」

 柔らかなあいつが、恋しくて震えた。



 ――早くオレのとこ、来いよ。

 じゃないとオレだって、もう、凍えそうだバカ。





 怒られるんだなあ。
 ぼんやりとそう思考する。
 俺は鬼道に怒られる。
 きっと酷いことをしたから。

 そんな風に、くらまして。

 この現実においても。
 何が悪かったのか全く理解していない自身が尤も酷いことなど、円堂が気づく余地はない。


 そうさせたのはだれ?


「『鬼道以上に仲が良い』関係に、不動となりたかったんだろう?」

 不動が去っての。
 覚悟しておいたものの早速の切り出しに、面食らう部分はあったが。

 うん、と。
 頷くことに、躊躇いはない。

「そうすれば、不動が友達になってくれるって言ってたから」
「…………そうか」

 分かってるだろ?
 友達としての鬼道と、恋人としての鬼道は違う。
 なあ、鬼道。

 ちゃんと理解って、くれてるよな?

「じゃあ、円堂」

 なに、と。
 聞き返すと、尚更強く、抱きしめられる。

 ごめんと謝ると、いい、と弱い返事があった。
 寒い、と続くから、円堂からも抱擁を返す。


 以前(マエ)と違って、ちっとも温まらないな、鬼道。
 愛(オレタチ)って、こんなに冷たかったのか。
 ふしぎ、なくらい凍えそう。なのに、


 さっき不動に触られた、耳たぶばっか熱いのなんで?



「お前にとって、『俺以上』は、豪炎寺なのか?」



 からから、と、音がする。
 喉が空々に、渇いていて、

 だから間が空いたのは、別に、回答を躊躇ったからでも、何でもなかった。





「うん」





 ……なんでだろ。またそんな顔、させちゃった。
 俺、




 バカでごめんな、鬼道。









 
随分と着地点はずれましたが何とか完結です。
最終的に豪炎寺さんが(一瞬しか登場しないのに)持っていった感じはしますが不円がメインです。これは絶対です。
読んでくれた方々ありがとうございました!

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