気づかなかった。
 気づかなかった、残酷さを。




 言い訳など、できはしない。




こんなに近くにいたんだよ (星空の片隅に、僕は君を落っことした)





 声を上げて相談されることに慣れていた。
 声を上げて相談するのが当たり前に思っていた。

 そんな悩みが存在することにさえ、思考が至らなくて。





「……んん?」


 最近はよく、深夜に目が覚めることが多い。

 不用意な覚醒はぐらついた頭に響いて、唸りながら伸びをした円堂は、視界がぼやけた眼で周囲を見回した。
 イナズマキャラバンでの移動はもう慣れっことなっているが、それでも長距離の移動はさすがに身体に堪えるものがある。節々がずきずきと痛んで、多少の頭痛も残っているようだった。

 けれどこの福岡の地に来たことは、自身にとって大きな意味をもっていた。
 技を継ぐ少年に出会えたことも、祖父の足跡を辿ることができたことも――。昼間の出来事を思い出し、大きな笑顔を零して、それから円堂は、あれ? と首を傾げる。


「吹雪……?」


 見回しても、床に広がる寝袋に彼の姿が見当たらない。
 他の面子はしっかり揃っているから、トイレにでも行っているのかと思ったが、なんとなく予感がして、円堂はキャラバンを静かに出た。


 つい先日風丸と話した時のように、一種の確信めいたものを覚えて、車体にとりつけられた階段を上る。
 誰かが覚醒してしまわぬよう、なるべく音を立てずに足をかけていく。が、



「……キャプテン?」



 落ち着いた響きを持つ、呼びかけ。
 円堂は、顔だけひょっこりと上に出すと、こちらの方向を寸分違わず凝視している吹雪の姿を見つけ、表情を綻ばせた。

「ここにいたのか」




「……北海道の空はもっと高かった」

 寝袋に転がった円堂は、隣で空を見上げる吹雪を横目で見る。

 そうか、と一応呟くが、吹雪はまるで円堂を気にしている様子はない。何か届かないものに語りかけるような、遠い、遠い眼で虚空を眺めているようだった。


「凍てついた空に星が張りついてるように見えるけど」


 こっちはもっと近いようにみえる。



 むつかしいことを言うのだ、と驚いて、きょとんと、反応は返せない。
 続けて吹雪が小さく「……とのきょりも……」言葉を口の中で転がしたようだったが、これもうまく聞き取れない。聞き返しても、吹雪は諦めたような笑顔で首を緩く振る。

 ――ふぶき……?

 何か、様子がおかしい。
 そんな気がして、けれど呑み込む。彼のことをよくも知らないのに、勝手に口出しするのは憚れたのだ。
 よく、知らない。
 それは出会ってからの時間が原因か。それとも。
 彼が。


 あの少年の空白を埋める、エースストライカーだから、なのか。

 そんなものは、自答する価値さえない、無意味な疑問に思えた。



「ねえ」

 ようやくの問いかけに、ひどく安心する自分がいた。
 ようやく、吹雪が、円堂をその両眼に映す。
 お互いがお互いを視ていない、


 空ろさには、気づかずに。


「イプシロン戦のとき、僕、変じゃなかった?」


 ――どういう、意味なのか。
 眼を瞬かせて、困惑して、黙りかけて。

 訊かれているのだから、早く、答えなければと。
 焦って、慌てて、口を開いた。

「変? そんなことないよ。お前のお陰で同点にできたんじゃないか。
流石伝説のストライカーだよ」

 捲し立てるように、笑顔で言うと。

 吹雪は、また、空を。
 空を、だけを、見つめ。

「……そうだったね。君達が北海道に来たのは、ストライカーを探してだった」


 そう。
 お前に、出逢った。


「そしてお前はその力を完璧に証明してみせたじゃないか」



 ね、ふぶき。




「……っせえなあ……」


 鳥肌が立った。
 歯軋りのような音がして、ハッとする。
 常時吹雪が纏っている柔らかなオーラが、険を帯びて真っ直ぐに伸びていて、身を竦ませた。
 それがまるで二度と触れられないかのように没するから、円堂は思わず、震える声でまた彼の名を呼ぶ。

「ふ、ぶき?」
「ううん。なんでもないよ」

 なんでも、ない。
 繰り返す声は、何を思っているのか、感情が読み取れない。

 けれど取り巻く黒い渦はなかったことのようにもう消えていて、ほっと息をはいて、するとその気配が伝わったのか、吹雪の顔がこちらを向いた。

 その、瞳は以前と同じ色。
 でも、なぜだか、寂しそうで。

「キャプテンなら……って」
「え?」
「僕は……、だけど」

 途切れがちの躊躇の声は。
 何を。
 伝えたいのか。
 もどかしそうで、くるしそうで。

 聞き返そうと身を乗り出した途端、



 咄嗟に、何が起こったのかは理解らなかった。
 ただ、少しの距離が。
 二人を隔てていた空気の壁が。
 揺らぐどころか粉々に引き裂かれ、それは吹雪が、噛みつくように抱きつくように、円堂に飛びついたからだった。

「――ふ」
「…………僕は、キャプテ」


「円堂さんっっ!」


 そしてまた。
 その新たな空気さえ拒絶したのは、異なる人物だった。

「……ん?」

 勿論大声に気付き、円堂は振り返る。
 目の前の吹雪のことさえ一瞬忘れかけて、である。

 それは記憶に新しい声の主を確かめるためには必要な行為で、
 それでいて壮絶なまでの残酷ささえ孕んでいて、
 たとえば今まさに円堂に向かって叫びたかったはずの思いを、

 消してしまうだけの、効果があった。


 乱入者の登場と共にバッと身を翻し寝袋に転んだ吹雪と。
 イナズマキャラバンから身を乗り出し円堂が少年に呼びかけるだけの。


「どうした立向居。眠れないのか?」
「えっと、その……」
「上がってこいよ」
「っいいんですか?」


 弾かれたように顔を上げた少年、立向居勇気の嬉しそうなゲンキンな笑顔に、円堂は思わず笑ってしまう。
 手招きして、立向居が梯子に足をかけて上ってくる間、振り返ると吹雪の白銀の髪が目に入る。

 寝ちゃったのかな、と思うと同時、先程のあれは何だったのだろうかと、疑問を感じる。
 まるで。

 幼子が必死に、助けを求め力を振り絞るような、


「ふぶき?」

 呼びかけると、表情こそ見えないもの、少しだけ指先が反応した。

「立向居が来るけど……いいか?」

 何を了承、してほしいのか。
 一体何を、吹雪に欲しているのか。

 自分でも理解らない。きっと、理解りたくなんかないからこそ。



 構わないよ、と囁いた吹雪の声が。
 救いで、それでいて、寂しくもあった。





「ダーンっ、ギューン、ドカーン! なんだ!」
「成る程……それが究極奥義の……」

 他人には全く納得できない言葉の応酬。を、間近で聞きながら、吹雪は口を挟もうとはしなかった。
 聞く余裕なんて、元々ありはしないのだ。……後悔と絶望に苛まれるこの神経を抱えながら、彼らの会話に割り込むことなど。

「…………」

 沈黙。は、溜息にも似ている。
 先程からちらちらと、こちらを睨んでいる気配。
 振り返りはしないが、それが立向居のものであることは最初から分かりきっていた。

「……キャプテン」

 懇願。は、終焉にも似ている。
 まるで襲いかけているような場面を目撃されたのだ、彼の警戒は納得できる。
 しかしそれでも、本当は一番それを、その本質を気にして欲しかった相手がまるでこちらを見向きもしないことが、痛くてたまらない。

「ぼくは」

 失墜。は、滅却にも似ている。
 ああ、それでも。
 どうしたって、希望は、一筋の光は、捨てきれるものじゃないのだ。

「こんなに」

 幻想。は、空白にも似ている。

 いつか君の傍から僕が、

 沈んで、
 溜まって、
 願い、
 終わり、
 失い、
 滅び、
 想い、
 白く、

 あの空のようにふれられなくなったとしても。
 

「こんなに近くに、いるんだよ」



 今はまだ、




 どうかと涙する、星でありますように。


 祈る。











 
良い話でしたが辛い話でした。43話くるしい
41話とどうしても被ってしまうので、こちらは円堂視点中心に、サブタイトルも円堂→吹雪でイメージしてます。吹円すき……

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