見つめる時間はきっと、誰よりも長かったと思う。
画面越しの、輝くその姿を。
俺もいつか、あんな風になりたいな、とか。
そんな目標を抱く以前より、ずっと。
ずっと見ていた。
ずっと、ずっと。
…………今も。
Last dust (こころの奥底に、容赦ナシナシだすしゅーヒット!)
誰もがご存じかと思いますが。
「あ、あの円堂さん!」
「ん? どうした立向居」
俺には好きな人がいます。
「よよよよかったら、あの、時間があったらおれ、俺の練習付き合ってもらえませんか!?」
「おう、いいぜ! じゃあ外出るか!」
みんなそれに気づいている様子です。
「すみません忙しいのに……」
「何言ってんだよ。今更何も遠慮することないだろ」
本人以外、は。
「立向居って、円堂に告白したのか?」
がしゃん。
見事に床に落下した皿は、木っ端微塵に砕け散った。
「うおっ、あぶねえな!」
「……やめてください綱海さん。皿洗いの最中じゃ洒落にならないですよ」
「昔より冷静を装おうという努力は認めるが、皿を割るというドジは消えないからな?」
怪我とかしてないかー、と心配しながら箒とちりとりを持ってきてくれる綱海に頭を下げる。
立向居は箒の方を受け取って、共同作業で白い破片をすべて回収した。珍しく監督役の春奈や秋がいないのは、むしろ今日の場合は助かったといえる。
しばらく前から、イナズマジャパンのメンバーたちも家事の手伝いを当番制で行うようになっていた。
理由としては、マネージャー達ばかりに負担をかけていること、こうした些細な出来事を通して他者との会話の機会を増やすこと、らしい。一応監督にも公認されているのだが、一番の要因といえばやはり、食堂の水道で皿洗いしているマネージャー達を見て、「俺皿洗いってしたことないなー」と呟いた円堂にこそあるのだろう。
その出来事を思い出して、くすりと笑みを零すと、「今円堂のこと考えただろ」呆気なく指摘され、慌てて首を振った。
「ち、違いますよ。俺がいつでも円堂さんのこと考えてると思ったら大間違いです」
「どうだかなー……わかりやすいもんなあ立向居は」
「そんなの、」
綱海さんだって、と言いかけて。
思わず押し黙ったのは、綱海の表情が、決して明るいものではなかったからだ。
「……どうかしましたか?」
「んー……いや。さっさと続き片付けようぜ」
困惑しつつもはい、と頷き、中断していた作業に戻る。
蛇口を捻り、少しずつ水を流しながら、皿や箸に付着した汚れをスポンジで取る。
単純作業の繰り返しだが、意外とこれがやっていると楽しい。自然と身を乗り出すように没頭していた立向居は、しばらくの間、自身を見つめる綱海に気づくことはなかった。
結局気づかず、乗り過ごしてから、綱海当人が耐えきれなくなったように口を開く。
「さっきの、答え」
「え?」
「したのか? 告白」
思考より本能が先に口を動かすような、素直ド直球の綱海の言葉とは思えないくらい、遠回しで控えめな問いかけだった。
驚いて唖然としていた立向居は、しかし唇を引き締めると、同じように水道の蛇口をしっかり止めてから、綱海の方を向いた。
「それは……、答えなくてはいけませんか?」
「……お前は俺の弟分だろ」
「そう、ですね。綱海さんがそうせざるを得なかったから」
「!」
気づいていた。
なぜ、あの時、綱海が立向居に気さくに声をかけてきたのか。
「俺が……怖かったんですよね?」
円堂の近くをうろついて離れず、いつもその動向を気にしていた存在を。
綱海がどれほど、
「邪魔で、だから、怖かったんですよね?」
疎んじて、
引き離そうとしていたか、なんて。
「……おまえ」
呟いた綱海の顔は、驚愕に塗られて固まっていた。
しかしはぁ、とため息を吐き、顔を上げると、そこには苦笑だけが残っていた。
「きっかけはそうだった。でも、今もとは思ってないよな?」
「はい。最初の理由が何であれ、今の俺にとって綱海さんは、頼れる仲間です」
その言葉に、嘘はない。
綱海がたとえ、円堂から遠ざけるために接近してきたのだとしても。それでも構わないと思えるくらいには、立向居は綱海条介という人に友愛を感じていた。
それはきっと、綱海も同じことだろう。
「……じゃあ、もう一度訊いてもいいか」
「はい」
「俺は円堂に告白した」
どくり、と鼓動が不気味に高鳴った。
呑み込んだ唾を吐きたくなるくらい、それは嫌な沈黙だった。
「お前は円堂に、告白するのか」
静寂を切り裂いたのは、静かな綱海の質問だった。
それは、本当に答えを求めていると思えないくらい、無感情な声だった。
そしてだからこそ立向居も、即答を返したのかもしれない。
「――、」
「お疲れ様です、円堂さん」
「お、立向居! おつかれ」
ベンチに座り込んで汗を拭っていた円堂は、太陽のような笑顔で立向居を照らした。
許可をとってから、隣をもらう。広がる練習風景から少しだけ外れ、二人で汗をごしごしと拭う時間は、決して優しくも温かくもないけれど、立向居にとってはやはり特別な時間といえた。
大好きな人と、二人でいられる。
それだけでこんなにも、世界は満たされている。
「今日の練習さ、」
「はい?」
荒い息を吐きながら、円堂は何気なく立向居を振り向いた。
上気した頬や、首筋を流れる汗が、どれほどの情欲を誘っているかもしらず。
犯したいな、とふと思う。
この人を下に組み敷いて、手足を拘束して、服を脱がせて。
ぐちゃぐちゃにして、めちゃくちゃに泣かせて、びちゃびちゃにしてやりたい。
だけどそんなことはできない。
いくら願ったところで、実行だけは、しない。
「ちょっと元気なかったみたいだけど、だいじょうぶか?」
「――」
瞬きを、数回。
ああ、気づかれてしまうのか、と実感する。
気づいて、感じて、それはあまりにも痛かった。
「あ……えっと、ちょっと寝不足で」
「そうなのか? あんまり無理しちゃだめだぞ」
「はい、ありがとうございます」
……ひどい人。
ここまでたどり着いたなら、どこまでも抉り出してほしいのに。
昨夜のことなんか、ぜんぶ帳消しにしてくれればいいのに。
互いの体温の名残を感じながら、同時に目を覚ました。
ぼた、と垂れる汗を拭う力もなく、向かい合った綱海と立向居は、兎に角同じことを一心に念じていたに違いない。
「……最悪の気分だ」
「……最悪の気分ですね」
まったくだ、と頷き合う。
「何でこんなことになったんですか」
「しらねーよ。……まあ」
さびしかったんだろ。いろいろ。
眉をひそめての綱海の言葉に、確かに、と同意は禁じ得ない。
一人で迎える夜は寂しい。
二人で並べる時間があるなら、尚更。
「こんな時に、訊くのもどうかと思うんですけど」
「何だ?」
「憶えてますか?」
だるいだけ。何もかも、だるいだけ。
解放感も、罪悪感さえも浮かばないだなんて、劣悪以外の何物でもなく。
それが自分なのだと気づけば、後悔さえも許されないなんて残酷すぎる。
「俺が円堂さんに告白するって、言ったの」
沈黙は、また、続いた。
また、破るのは綱海の役目であり、義務だった。
「そりゃ。ついさっきのことだろ」
「そうですよね」
なんだか瞬きさえ億劫になってきた。疲れて瞼を閉じる。
そういえば、ここにも勿論、唇にも一度もキスなんてされなかった。
……良かったー。
「誘ってきたのって、また邪魔だと思ったからですか」
自然と、訊いた。今度は。
答えも結局は、諦めから出てきたようだった。
「まあな」
「あ、そういえば円堂さん」
「うん? なんだ?」
わざわざ。
わざわざ円堂が立ち上がった瞬間を狙って、声をかけた。
ベンチから腰を上げて、前を見据えた、そのとき。
誰を見ているのか、確認してから、口を開くために。
「円堂さんって、好きな人いるんですか?」
え、と吐息は風に掠れる。
それでもこの人は、嘘やごまかしを嫌う。
そんなとこが、大好きで。
「………………いるよ」
そんなとこがぁ、だいっきらいです。にっこり!
深夜に書き殴りしたからこその有り得ない綱立表現です。普段は円堂受けしか見られません書けませんなので大変貴重(笑)
円堂さんのお相手はご想像にお任せします!