「俺の部屋来ないか?」



 そう誘ったのは、いわば下心からではなく。
 無論、理由など後付けでしかなかったが。

「ちょっと話したいこともあるしよ」

 こういう言い方をすればきっと、こいつは逃げないだろうなと思っただけだ。

「?……おう! 分かった!」

 ほら。
 疑いなんて一つもない。

「じゃあまた後でな。――キャプテン?」




ばかふたり。 (責任〈オトされた分〉は、返済!〈リターン求む〉)





 コンコン、とドアを軽めに叩く音がする。
 どーぞ、と気楽な返事をすると、失礼しまーす、と珍しく礼儀正しい声が返ってきた。俺はベッドに腰掛けて、開くドアを見つめる。
 現れたのは、当然の事ながら――円堂守。イナズマジャパンのキャプテンを務めるガキだった。

「へへ。不動の部屋入るの初めてだなっ」

 視線の先に俺を見つけると、何故かやけに弾んだ表情で、後ろ手にドアを閉める。何でもかんでも笑顔で甘受するのがこいつの癖だ。宿舎で割り振られた部屋なのだから、自室と大した違いもないだろうに。

「床座ってもいいか?」
「いいよ、ベッドで」

 俺は自分の隣を軽くぽんと叩くが、対する円堂はきょとんとした表情をしていた。
 ……もしかすると警戒しているのだろうか。こいつにもそういう注意心は一応あったなら驚く。それとも、あいつに調教されているのかもしれないが。
 想像すると。
 胸の奥で、何かが焦げ燻る。


「いいのか?」
「何が?」
「えっと……俺、風呂は入ったけどさ、あんまり綺麗じゃないかも……」

 意味が分からず俺が首を傾げると、しばらく唸っていた円堂は、まあいいかと気を取り直すように俺の横に腰を降ろした。一メートルにも満たない至近距離に、ふわり、と甘い香りが漂う。鼻腔をくすぐるそれは、シャンプーによるものなのだろうか。

 俺の部屋に来るためかジャージを着ている円堂は、けれどどことなく普段と印象が違う。
 髪を洗ったために装着していないバンダナと、あどけなくおろした前髪、それに上気した頬に要因があるのかと観察する。しかしそんなことは今はどうでもいい。

 自室に呼び出したのは、他のヤツに聞かれたくはなかったから。
 二人きりの必要があるのは、他のヤツに邪魔されたくなかったから。

 特に、あいつにだけは。

「それで、不動。話ってなんだ?」

 早速本題に切り出すせっかちさは性分なのだろう。
 サッカーに関する面白い話でも聞けると思っているのか、円堂は少し楽しげだった。俺がそんなつまらないことにわざわざ時間を割くとでも考えているのだろうか。妙に癇に障る。

 だから、無駄な期待など容赦なく切り捨てるつもりで、単刀直入に言ってやった。

「お前さあ、鬼道ちゃんと付き合ってんだろ?」
「――」

 びくり、と肩が跳ねるのは丸見え。
 表情が固まり、狼狽え、その次に必死に思考を巡らしているのも、全て全て見通せる。

 なんて単純なヤツなのだろう。
 まるで裏表を感じさせない熱血バカ。扱いやすいがその分理解できない不可解さも持ち合わせる、面倒くさい存在。

 まさにこいつがその真ん中に位置する。のは、俺に対する誰かからの挑戦か。


「えっ、と……そんなこと……ない……、けど」
「嘘だろ。顔見りゃバレバレだっつーの」
「……あ…………」

 それきり黙り込んでしまう。思わず溜息をついてしまうと、更に肩を小さくして顔を俯かせる。いつもの強気はどこ吹く風やら。
 ぎゅっと膝の上で握りしめた拳が、声を押し殺して泣くみたいに震えてる。

「隠しておこうってのはあいつからの提案だろ?」

 無言は肯定の合図と受け取って話を無理矢理進行させる。それを円堂が望んでなくてもちっとも構わない。寧ろ気分が乗ってくるくらいだった。
 声が、回る口が、溢れる言葉が止まらない。

「すっげー独占欲。バレたら焦った男共がお前に群がると分かってて黙ってんだろ。いつまでも自分のモノにしとくためにこっそり内緒でお前を押し倒してさァ」
「そんなことされてない!」

 否定の大声も、予想には入れておいたから怯まない。
 ……どこか、ほっとしたのは気のせいか。まあそれもどうでもいい。

「鬼道を悪く言うな。不動、お前一体何のために――」
「それを俺に聞くわけ? “みんなの”キャプテン」

 あー、何で、刺々しいよな無意味に。
 変、な感じ。こいつの何がここまで俺を苛立たせてるんだろ。
 知らん。し、興味もないからこれも放置。

「鬼道ちゃんとキスしたことある?」
「なっ……」

 不意打ちの質問に、一瞬唖然としてから、お約束のように真っ赤になる。
 この反応は……。ああ、そういうこと。

 やっぱしてんじゃん、そーいうコト。


 苛つく。


「なあ、キャプテン」
「……なに」

 律儀だねえ。
 ここまで言われてまだ逃げないとは。
 ただバカな、だけかもしれないけど。
 その愚かさは、多分嫌いじゃない。
 それ以上は、感知できない未経験の域。


「キスしようぜ」


 咄嗟に何かを感じ取ったのか。
 ベッドから飛び出そうとした腕を、掴んで。
 あらぬ方向にねじ曲げると、苦しげな悲鳴が上がり。

 そのまま、押し倒した。


「い……ッ!」
「いたいー? これ離してほしい? キャープテン」
「っ。不動、お前……」

 何を言われるのか。
 予想はつかなかったが、良い予感はしなかったから、唇を塞ごうと顔を近づける。
 と、獰猛な人間の牙が蛍光灯の光に反射して光ったから、慌てて引く。

「んな……噛もうとするか普通!?」
「突然押し倒してくるヤツもどうか、してるッ!」

 違いない、と気分が浮き足立つ。
 この状況、この体勢、まさに俺が望んだとおり。

 俺が望んだ、純愛ストーリーへの反逆物語、いよいよ幕開けだって。


「俺のことが目障りなら……っ最初からそう言えよ! 鬼道は何の関係もない!!」

 はッ。なーんにも分かっちゃいないねえ相変わらずキミは。
 有頂天の天才から大切なモノ奪うのが楽しいんだっつの。

「ふーん。そんなにあいつのこと好きなんだ? キャプテンは」
「好きだ!!!」

 固まった。
 思わず、としか、言い様がなく。

 それはあっさりと俺の胸元を貫通する。
 立場を簡単に逆転させるくらい、ただ単純な事実だった。

「俺は鬼道が好きだ! 鬼道が言うなら、この関係を隠すことだって別に構わない!」

 そうだ。
 そうだった。
 いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも。
 眼が離せなくて。
 偶然を装って目線をやって。
 その先で、隣で見守ることの喜びを噛みしめた顔をしているのが、いつもあいつだったから。
 逆を、感じることを、忘れていた。

「だけど、」

 続いてる。まだ唇の動きは続いてる。

 これ以上。
 攻撃を喰らう前に、やっぱり、塞がないと。
 そう思うのに、動けない。
 良い予感が一つもしないのに、止められない。

 聞いちゃいけない。
 聞いたらきっと戻れない。
 俺の反逆が沸騰する。
 違う意味に近づく。

 ――。


「俺は……っ不動とも、仲良くなりたい……!」



 もしも。
 もしも俺が、ここで。
 嫌がるこいつをねじ伏せて、唇を奪い、舌を絡め、唾液を含ませ、ジャージを脱がし、胸元に手を這わせて、散々に犯し凌辱したとしたら。


 あいつがどんな顔するか、ではなく。
 こいつはどんな顔をするのか、それだけを、想った。

 なんだこれ。



「バカか、お前」
「…………え」

 捨てぜりふを最後に、押し倒す格好をやめて、さっさと元の位置に戻る。
 解放された円堂は、俺を殴るか蹴るかするかと思ったのに、むくりと起きあがると、動かずにじっと俺を見つめていた。
 ……ダメだこいつ。
 調教なんて一つもされちゃいねえ。
 でも、それは意外と、有力な情報かもしれない。

「本気でんなコトするわけねえだろ。ちょっと遊んでやろうと思っただけだ」
「そ、そうなのか? なんだ、びっくりした……ごめんな不動、俺叫んだりして」

 ……今ので信じたのか。
 本当に、なんてバカで、アホで、

「でも、俺、不動と仲良く――」
「なりてえよ、俺も」



 いとおしい、のだ。この生き物。



「鬼道以上に、お前と仲良くなりてえよ」


 ああ、


 俺のバカ。







 
突発的に鬼円←不を書いてみました。このトライアングル大好きです。
最初から想いを自覚してたけど素直になれない不動さんもありかなと。
不動さんの口調がいまいち判然としないので終始ぐだぐだな感じです……。すみません。

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