「うーん……」
頭を掻きながら、どうしようかと悩みに明け暮れていると、
どんっと脈絡もなく後ろから肩を叩かれ、思わず「おわッ」と飛び上がって振り返る。
「どーしたんだよ円堂? 変な顔して唸って」
「つ、綱海。へ……変な顔? してたか?」
慌てて頬の筋肉をほぐすと、なはは、と気持ちよいくらいに笑い飛ばされ赤くなる。うう、そんなに笑うことないのになあ……。
指摘されれば確かに、表情筋がぎこちなく固まっているのも分かるから尚更恥ずかしい。
「んで? 何かあったのかよ?」
「んー……」
気負う様子なしに問われ、ちょっとだけ迷う。
あんまり人に話していいことじゃないかもしれないし、いや、でも、名前を伏せれば大丈夫かなあ。
それに綱海だしな。聞かれたのに仲間に隠し事するのも、
鬼道との関係以外じゃ、なしにしたい、し。
「実はな――」
ばかなきみ。
(計算〈狙ってんの〉か、天然か!〈その無防備は〉)
「……これは一体、どういうことなんだ?」
普段、必要以上の無愛想を保っている豪炎寺には珍しい、困惑気味の、しかし決して答えを求めているわけではないだろう呟きに近い問いに、鬼道もまた、解せない表情を返す。
「さあな……俺にもさっぱり分からんが」
響きには一見無関心が込められているが、ゴーグルの奥に隠された細い瞳には怒気が滲み、状況が呑み込めないもどかしさに募る苛つきが覗いている。
そんな二人の視線の先では、
「不動ー!」
イナズマジャパンのキャプテン、円堂守が。
「不動、その調子だ!」
いつも通り、大輪の花を背負ったような明るい笑顔で。
「ナイスシュート不動!」
何故だか。
不動明王と仲良く元気よく、練習に打ち込んでいるのである。
「……昨日の夕飯を覚えてるか」
「ああ。キノコのソテーなんてあったな」
「毒キノコが異常行動を円堂に引き起こしている、という可能性は考えられないか」
「合宿所だからな。共通の食事をしている時点で、俺達も集団中毒にかかっているんじゃないのか」
らしくない、どころの言葉では括れない、冷静な二人には有り得ないほど間の抜けた会話を繰り広げ、しかし目の前の光景から目が離せず、相変わらず唖然としている豪炎寺と鬼道。
特に鬼道としては、不動に対して良い感情は抱いていないからこそ――円堂の行動の理由が、全く以て理解できないのだ。
――何らかの脅し、あるいは強要?
思考を展開するがしかし、分岐もできずに立ち止まってしまう。
円堂はそんなものに乗らないだろうし、たとえ乗ったとしてあんなに自然に笑える玉じゃない。
それに、現在進行形で広げられている様子からして、不動の悪事というよりは、
――円堂の方から……寄っていっている。
十中八九、そうとしか言い様がない。
嫌がり追い払い、若しくは訳が分かっていない不動に円堂が無理に近寄って、心の距離を埋めているような、そんな風にしか読み取れないのだ。
だとすると、信じたくはないが、円堂から不動に対して行動をとっている。……絶対に、信じたくは、ないけれど。
――円堂は……一体何を、考えている……?
「豪炎寺! 鬼道!」
その瞬間、背後から久遠監督による号令がかかる。
ハッと気づいた時は既に遅く、いつにもまして表情の厳しい監督は、
「それに綱海に基山、立向居に風丸、お前ら全員外周10周行ってこい!」
円堂と不動への注目で練習を怠っていた数名に、無情な判決を下したのである。
「あはは、みんな外周行っちゃったね」
「その……キャプテン達の様子が気になって……?」
「間違いなくそうだろうね」
「ったく……懲りない奴らだな」
「でも、確かに二人の様子は気になるよ。僕たちだって何とか逃れられただけじゃないかな?」
「ヒロトなんて円堂から目離せずに木陰から見張ってるけどな」
「基山! お前は20周だ!」
「あーあ……」
呆れる染岡、困惑の飛鷹、そして小さく微笑む吹雪。
勿論突然の円堂の行動が気になってはいるけれど、自分達が介入する理由も権利もないことを感覚的に理解しているので、黙って見守るだけの三人であった。
――けれど、そう簡単に締め括ることはできない当事者も関係者も、勿論存在する。
「どういう……どういうことなの円堂くん何であんなバナナ野郎と……どうして……」
ぶつぶつと呟いているヒロトを追い越しながら、鬼道は呼吸のために断続的に口を開閉しながら、それでも頭から衝撃は離れない。
不動にボールを投げて、不動に笑いかけて、不動にピースを送る、恋人の姿。
平静な目で見ればただ、二人が友達の距離を掴んでいる、それだけと思える。けれど。
そんな生易しい目なんて、もう、捨ててしまったのだから。
どうすれば真相を円堂の口から聞けるのか。
それは恋人たる自分に許されることなのか。
そもそも言い出しすらされていない自分に、果たしてその機会が。
「やっぱ失敗だったかなー……」
ふと、前を走っていた綱海の声が風に乗ってこちらまで届く。
何気ないその呟きに、しかし軽い後悔の念を感じて、鬼道は少しスピードを上げると、なるべく自然体を装って綱海の隣をキープする。
「何のことだ? 綱海」
「おう、鬼道。いやさー……ほら、お前も気になってんだろ? 円堂と不動のさ」
「ああ、それはな。突然様子が変わるとさすがに驚く。お前は何か知っているのか?」
なるべく、自然に、だ。
関係は誰にも明かさないと決めた。円堂も頷いてくれた。
だからこんなところでミスはおかさない。し、許されない。
それでも、逸る気持ちは抑えられなくて。
「それがなー……円堂に相談されたんだ」
「相談? 何の」
綱海は何か迷っているようだったが。
ランニング中でありながら正面も見ずにこちらを見据えてくる鬼道の視線に耐えかねたのか、小さく洩らした。
「『鬼道以上』に仲良くするってどういうことだ、って」
「不動! 今日の練習は楽しかったな!」
「…………」
「大変だけど、また明日も頑張ろうな!」
「…………」
「それで、次の試合も絶対に勝って――」
「……おい、キャプテン」
びく、と固まる。
久しぶりに聞いた不動の声は。
何故かひどく、怒りを押し殺した響きを持っている。
「お前……何を考えてる?」
「え……?」
練習が終わって。
チームのみんなが宿舎へと帰るその後ろで、俺と不動は立ち止まる。
汗でびしょ濡れの肌に、風は少し肌寒い。
次第に暗く染まり始めた空から視線を外し、不動は俺を流し目で見遣った。
呼び出しを受けた不動の部屋で、目にしたものとは違う。
尖った、鋭い、まるで敵意のような、怜悧な目線。
「今日の態度はどういうことだ、っつってんだ」
「えっと、それは」
「俺に対する嫌がらせか何かかよ? 訳わかんねえ」
それでも。
何故か、怖いとは思わない。
のは、きっと、
「……不動が、言っただろ?」
声は、自分で思っていたよりずっと落ち着いていた。
視線の先で、不動が眼を見開いている。
「『鬼道以上に、俺と仲良くなりたい』って。だから、俺」
「……ってことなんだけど。どう思う? 綱海」
「あー……そうだなあ……鬼道以上、というと、やっぱお前にとっちゃ豪炎寺か?」
「そうなのかな? 自分じゃ意識したことないけど」
「えーとな。円堂はみんな友達だと思ってて、みんな大切な仲間だって感じてるよな?」
「うん! 勿論だ!」
「でもさ、ここ一番に声かけるのが多いのは、豪炎寺じゃないのか?」
「……だな。言われてみれば」
「それはお前が、限りない信頼を豪炎寺に置いてるからだ。だから、円堂にそんな『お願い』をしてきた相手も、それくらいの態度を望んでるのかもなー」
「へー。なるほどな! ありがとう綱海!」
「……つまり、お前は」
「うん」
「俺を豪炎寺に見立てて、今日はわいわい仲良くしてくれてたってわけか?」
言葉の棘を。
きょとんと軽く気にしたようだったが、そんな感じかな、と軽く合意される。
……なんだそれは。
どういう意味だ。
期待してた俺を嘲笑ってんのかこいつは。
わ、け、わ、か、ら、ん。
「でもさ、俺は不動と練習できてすっげー楽しかったぜ! 不動はつまんなかったか?」
だったらごめんな、と悲しげに頭を下げるその姿に、嘘偽りは何一つない。
分かっている。別に俺を豪炎寺と重ねて接していたわけではないのだ。ただ、俺と仲良くなりたくて、けれど『鬼道以上』という縛りが簡単を許さなかったからこそ、それ相応の態度で望んだだけで。
こいつは悪くない。
寧ろ、俺が、今回の元凶。なのだろうけれど。
それでも。
この悔しさは一体、何なんだろうな。
「……あの、俺」
「ぁ?」
「間違ってた、か? 鬼道以上っていうのがよく分かんなかったから、それで、こうなっちゃって、でも」
「一応改めて、聞いておくけどさ」
遮って、距離を詰める。
なんだ? と見上げてくるその両眼に。
俺が映ってる。のが、どこか胸を突き上げる。
ふたりきり。
前とは違う、偶然が生み出した状況において、だ。
それは、多分、結構な奇跡。
「お前、鬼道と付き合ってるんだよな?」
「うん」
答えは即答だったが。
愛に揺れる、恋に照れる、それはない。
まるで事務的なその回答が、そう、今はそんなことどうでもいい、と公言していると同じ。
その無防備に、こいつ、気づいてんのかな。
今おまえ、襲われても文句言えない立場にいんぞ。
「で、鬼道クン以上がどうして豪炎寺になるんだ?」
「綱海が、俺にとっての一番は豪炎寺じゃないかってアドバイスをくれたんだ」
ふむ。なるほどなーるほど。
それで納得したということは。
まあ、驚愕の事実、あるいは当初の予測の範囲内であるが。
こいつ、友情と愛情の違い、いまいち分かってないんじゃねーの?
思わず笑いが込み上げる。
「不動?」
「かはッ……こりゃ、良い展開になってきたかもな……っ」
たまらない。
たまらない。たまらない。たまらない。
さっさと取り上げられたと思っていた極上の獲物が。
実はまだ、奪い返せる状況にあるのかもしれないだなんて。
「んー。よく分かんないけど……俺たち仲良くなれたよな?」
自分に言い聞かせるように。
ほっと息をつく、その照れたように笑った顔が。
可愛いんだって、畜生。
自覚しろよ、いい加減。
「……残念だけど、鬼道以上ってのは」
――ちゅ。
大きく見開かれた眼と。
震える睫毛と。
微かに開かれた、唇が。
俺の、腕の中にある。
「こういう意味で、だからな?」
おい、このままじゃほんと、
……盗むからな。
当初の予定から大きく外れ、かなりオールキャラ風味になってしまいました……! どうしても、どうしてもヒロトと吹雪だけは出したかった……!
本来はかなり暗めになるつもりでしたが、これはこれでありですかね……前作と大分雰囲気が変わってしまったかもしれませんすみません;円堂さん視点はむつかしい。むむ。
次で完結の予定ですが、そちらは多分シリアスですのでご安心ください。ようやく鬼道さんのターン!