「行くぞ豪炎寺!」
「ああ!」
遠くから聞こえる掛け合いの声。
阿吽の呼吸とばかりに息をぴったりと合わせ、イナズマジャパンの誇るゴールキーパーからエースストライカーへとボールが投げられる。
真っ直ぐな軌道を描くそのボールは、まるで本人の意志を示すようでいて。
それでいて、ひどく、逞しい。
「ちょっ……立向居くん!?」
「ほえ?」
ギュン。
空気を切り裂く鋭い音の気配、と。
同時に頬が見事に、弾かれていた。
これが俺の原点!
(過去(むかし)も現在(いま)も、あなただけ!)
同年代の人間に対して、友情や共感を覚えるということはよくあると思うけれど。
尊敬を抱くというのは、それはもしかして、滅多にないことなのではないかと想う。
「いったたあ……」
「悪い立向居! 大丈夫かよ?」
「うっしし。余所見してるから悪いんだって」
「こら! 木暮くん!」
騒がしい声がいくつも目の前を通り過ぎるのを感じながらも、立向居はボールの当たった衝撃に地面に膝をつく。
ぐらり、と視界が傾き、頭を鈍痛が叩き平衡感覚が揺れる。けれど経験と慣れもあり、しばらく目を閉じて唇を噛んでいると、次第に落ち着いてきた。
大きく息を吐いて、立ち上がる。
「すみません……集中していませんでした。もう一度お願いします」
多少の気遣いの色はあるものの、再び四人からボールが向かってくる。それぞれ違う軌道、速度、浮遊感を持ちながらも確実にゴールを狙ってくるボールの姿に、立向居は瞬きもなしに向かう。
「ふっ」
一つめ。問題なく弾く。
「ッは!」
二つめ。恐らく綱海の放ったボールだろう、他と比べ勢いが強い。落ち着いて中心点に合わせ殴る。これも大丈夫。
「やぁっ!」
三つめ。ゴールの左隅を狙ってくる形だ。飛び込みで防ぐが、しかし、
「あ!」
逆方向の右隅に、時間差でシュートが吸い込まれていく。反射的な悔しさで一瞬視界が真っ赤に染まった。
背中で、何かが、蠢くように。
「うっしし! これくらい止められないんじゃ、必殺技なんて完成しないよ」
最後のシュートの持ち主だろう、木暮がいつものように嫌味を言うが、しかし立向居には聞こえていなかった。
「今の……感じは……」
怒り。
強さを求める、気持ち。
ゴールを。
あの人の守るそれを、俺も守りたいと、強く強く。
「もう……、少しなのに」
届かない。
同じだ、と思う。拳を握る。震える弱さを押し殺すそのために。
視線を上げて、見る。
「ヒロト! 良いシュートだ!」
「円堂くんこそ流石だよ。止められるとは思わなかったな」
お互いの本気をぶつけながら、笑い合っている。
サッカーが楽しくてたまらないというような、その笑顔は必ず周囲に大きな影響をもたらす。練習に打ち込む円堂の近くは活気づいて、とてつもなく大きな光で満たされて輝いている錯覚さえ呼び起こすほどだ。
ゴールキーパーとしてだけでなく、キャプテンとしてもチームを支える役目を持つ人。
熱く、勇ましく、何事にも臆さず立ち向かうその背中を、ずっと追いかけてここまで来たのに。
今だって少しも届いていない。
どれほどの努力を、経験を、重ねたってきっと隣に並べない。
木暮の言うように、立向居のゴールキーパーの技術の大半は円堂の模倣だ。自分自身の強さなどでは、決してない。
本当に、この必殺技だって、完成するのかも分からない。
でも、どうしても、諦めきれないのもまた事実で。
それは、つまり
「ノリだよノリ!」
ハッと気づくと、綱海が何事かを叫んでいた。
「ノリでなんとかできる!」
その、何の責任感も躊躇も見当たらない、無鉄砲なほど真っ直ぐな言葉。
それを聞いて、激しく胸を揺さぶるのは。
――そうだ。
『立向居!』
――俺が憧れた、あの人の在り方。
『できるさ! 絶対に!』
――目指そうと決めた、あの人のつよさ。
何のためにここまで来たか、なんて。
最初から知っていたことなのだから。
「いい方法があるよ」
木暮の言葉に、立向居は口元を引き締めた。
「準備はいーい?」
「ああ。いつでも来い!」
木暮の脳天気な呼びかけに、立向居は全身全霊を以て頷く。ばし、と拳と拳を打ち合って、臨戦態勢は充分なほど整っていた。
先程と同じようにボールと四人が並び、一体何を始めるのかと木暮に目線が集まる。
そんな中、すう、と大きく息を吸い込むと、木暮は、
「この! へなちょこキーパー!」
グラウンドにいる大半のチームメイトが唖然としてしまう幼稚な暴言を、大声で吐いた。
――かちん。
同時に、立向居が苛つきに表情を歪ませる。
木暮の隣で軽く引いた様子の綱海は、本来人の悪口を言うような気質の持ち主ではないが、立向居の特訓のためと自分に言い聞かせ、
「……ドジ」「っ」
「のろま」「ッ……!」
「根性なし」「くうぅう……」
「おたんこなす」「ううううう」
「弱虫毛虫ィ! この卑怯者臆病者!
だからキャプテンにも振り向いてもらえないんだよ!
キャプテンの真似しかできないゴミ、役に立たないクズ、
間抜け、穴の空いたナベ、ゴムの伸びたパ〜ンツ!」
「おいおい……」
それは言い過ぎだろ、と綱海達が止める暇もなく次々と暴言を浴びせる木暮。同じ学年の相手だからといって容赦のなさが凄まじい。
……しかも何故か円堂との関係を揶揄しすぎているような。本人も遠くからきょとんとこちらを見ているのだがいいのか。
首を捻って、それからようやく、綱海は立向居の様子に気づいた。
「……ん?」
「うっ、う、ううううう……」
激しい唸り声。
元来大人しい気質の立向居に有り得ないはずの、怒りと羞恥の絶頂。
「何をおおおおおおおお〜……」
なんだかもう、言われたことの大体が通り抜けていくくらい。
『キャプテンの真似しかできないゴミ!』
そうだ。知ってる分かってる。俺は円堂さんの真似ばっかりで。超えるという意味を、追いつくというその意味を、本当のところちっとも分かっていない。
『役に立たないクズ!』
補欠だ。ベンチだ。円堂さんとはまた異なる強さを、ずっと欲しているそれを身に付けるまできっとずっと。
これじゃ守るだなんて驕りは口にすることも憚られる戯言に過ぎない。
『だからキャプテンにも振り向いてもらえないんだよ!』
そんなことは。
分かってる……ッ!
「きたー!」
ごごご、と立向居の背後に渦巻く暗闇の螺旋を目に、四人と春奈は息を呑む。
これが、新たな必殺技の顕現の時なのだろうかと、固唾を呑んで見守る。
しかし。
ゴールキーパーとしての自分を貶されたことよりも。
円堂を想うこの気持ちを馬鹿にされたことが、何よりずっと悔しくて。
「円堂さん!!!」
「うん!?」
立向居は、叫んでいた。
呼ばれた円堂は反射的にひっくり返った返事をするが、周囲は状況の変化に追いつけずとりあえず何事かと立向居を見つめていた。
人に注目されるのは好きじゃない。
好奇に晒されるのは得意じゃない。
でも今だけは、気にしない。気にしない。気にしない。
だって俺にはいつだって、
「好きです円堂さぁん!!!!」
あなたしか見えてないから!
青春を突っ走るたちむでした。書いててこっちが恥ずかしい。
とりあえずたちむは円堂さんだけ見てればいいです……必殺技そっちのけで。
イナイレSSだと初のギャグテイストでした。