俺が守ってやらなくちゃ。
そう、小さい頃から心に決めていた。
いつも明るく笑顔は元気よく、白い歯が可愛い、活発なのにドジでよく泣きよく笑い、ころころと表情を変えるその小さな子を、俺がせいいっぱいに守るのだ。
そしていつか、だなんて。
夢見る乙女より、儚い望み。
Silky Love
(応えて、だなんて。我が儘は言わないから、気づいてほしい)
雲一つない晴天。
青空は太陽の光だけを余す所なく地上に注ぎ、むわりと嫌な熱気が肌に纏わりつく。
しかしそれ以上に熱い強烈な闘気がグラウンドに渦巻いていて、風丸は全身から汗を流しながら、足元のボールの感触を確認するため軽く突いた。
ふ、ふ、と洩れる息は激しく、喉を灼かれるような感覚が広がっては渇きが唾をも蒸発させるようだった。目を閉じて、呼吸の音だけが狭い世界に満ちていく。
と、
「風丸ー!」
向かい合ったゴールの前に、立つ人物。
呼ばれているのは分かっている。けれどまだ顔は、上げない。
もう少しの準備、を、経てから可能になる行為なのだ。経験談。
息を吐いて。
呼吸より先に心臓を落ち着かせて。
「いいぞ、シュート打ってこい!」
その言葉を合図に。
空気を切り裂くように鋭く顔を上げる、と同時、助走をつけてボールを蹴り上げる。
その瞬間に、
見えた。
眩しさが、見えた。
どんな空より太陽より花より光よりずっと眩しくて。
うまく直視できないいとしさが、見えた。
豪炎寺と何事か熱心に話し込んでいた円堂が宿舎に戻ろうと歩き出すタイミングを見計らって、なるべく自然と背後から接近した。
気負わず、を心がけ、声をかける。
昔はこんなこと、気にもしなかったのにと自嘲気味に振り返るが表面にはおくびにも出さない。
「今日もおつかれ、円堂」
くるり、と振り返った円堂は顔を綻ばせ、
「おう! おつかれ、風丸!!」
小さい頃から変わらない、無垢な笑顔を躊躇いなくさらけ出す。
見慣れたのは確かなのだが、飽きなんて来るはずもない至福が胸の内に広がって、もう言葉を続けられない。じんわり、と。熱くて温かくて、夢心地のここちよさ。
「今日の練習もハードだったな」
「はは。でもお前、もっとやってたかったって顔してるぜ?」
「えー、そう見えるか?」
首を傾げるその仕草が本来、何の意図もないと分かっていて、男を惹くそれと映るのは気のせいだろうか。
それとも、誘われていたとしたら幸せなのに。
円堂は垂れる汗を肩にかけたタオルで一筋拭って、嬉しそうに微笑んだ。
「風丸は俺のこと、よく見てるんだなあ」
噛みしめるようにそう言われ、赤くなる頬を抑えるなんて芸当できるはずもなく。
……無自覚は、本当に、質が悪い。期待するな、勘違いが一番痛く返ってくるのだから。
分かってる。
「……別に……そういうわけじゃない」
そんな暗い心情がつい洩れた軽い否定を口にすると、そっか、と軽く頷く円堂の様子に特に変わりはなく。
ああ、傷ついたと思った。
少しは気にして欲しかっただなんて、勝手な言い草。
「……勝てないんだよなあ……」
どうしても。
どうしたって。
守りたいヤツにだけは勝てる気がしない現実が、憎い。
「誰にだ?」
え、と困惑の呟きが落ちる。不思議そうにじっと見つめられていた。
しまった、聞こえていたのだと、慌てて取り繕う。
「い、いや、あの、円堂のセーブ俺全然抜けたことないだろ。まあ、ディフェンダーだから抜く必要はないかもしれない、だけど、でも、やっぱり」
――ちょっと待て。
「一度くらいちゃんと……証明、を……だって、」
――何を口走ってる。
「俺が敵わないんじゃ、駄目なんだ。それじゃ、駄目なんだ。俺が」
――墓穴を、更に、掘り進めてどうするんだおい。
――取り返しが、
「俺が、円堂を守るんだから」
吹き抜けた。
結った髪の隙間を、唆すように。
風が、円堂が、視線が、
どうする。
目が、離せない。
「……かぜま、」
「っごめん何でもない!!」
失敗→即逃走。
おきまりのパターンを、すぐさま実行しようとしたのに。
「風丸!!!」
引き寄せられた。
強い声とは裏腹に、躊躇いがちに、服の袖を、きゅ、と掴まれる。
それでは、もう、抗えない。
この子に呼ばれたら、墜ちるしか、俺に道はないのだ。
「俺……」
ああ、体温が悲壮感さえ伴って下がっていく。
顔面蒼白。緊張で息ができない。拒絶が怖い。
『俺が円堂を守る』
小さな頃の決意は、時を経つごとに強くなっていたけれど、次第に大きな諦めも含み始めた。
円堂は強い。
少なくとも、俺なんかよりは、ずっと。
そんな円堂の脇を固める人々も、もちろんそれぞれの強さを手にしていて。
傍にいることがさも当然というように。
けれど。風丸はその枠に入れなかった。
元々、円堂は枠など張っていなかったのに。風丸は勝手に、そう、自分で判断して、裏切って、選んで、そして今も尚、後悔している。
『俺は……お前みたいに強くない……』
あの、言葉だけは。
許されなかった。
絶対に言っては許されなかったこと。
これからもずっとずっと背負っていく、風丸の罪。
けれどあの日の互いの絶望に応えるように向き合うように、円堂は言葉を続けた。
「俺……風丸に守ってもらわなきゃいけないほど、弱くない」
ずきり、と。走った痛みは。
顔を見られていないから、きっと伝わらなかった。
それで、それが、良い。
「でもさ」
なのに。
背伸びと共に、ぐっと肩を引っ張られ、「!?」二人同時に体勢を崩しかけながらも、円堂の両手が硬直していた頬を包む。
驚くほど小さくて華奢なくせに。
武骨な皮の厚さと、できては潰れる豆の固い感触。
……あ、円堂だ。
そう、気づいた。
「風丸と一緒なら、もっともっと強くなれる!」
うん。
そう言ってくれるって、分かってた。
ありがとう。
でも、
いつかは俺が守るから、覚悟しとけ。
ヘタレ丸が……すきです……
ゲームプレイしててもDFどころかFW並みに出張ってる風丸さん。DF技覚えろや(^0^)/