練習の最中から、どこか様子がおかしいとは思っていた。

 いつもの落ち着きはなりを潜め、緊張というよりは寧ろ耐え難い興奮を抑えているような――不自然にも浮き足立っているのにそれを決して周囲に悟られたくないと拒絶も大きく外面に出ていて。

 調子そのものは特に悪くはなかったし、マルコ以外に気づいた者もいたかもしれない。しかしそれを誰も指摘せず、マルコもまた、気になってはいたものの突っ込む気はさらさらなかった。人が隠そうとしているプライベートまでチームメイトだからと勝手に踏み込む必要性も権利も感じなかったからだ。

 けれど。

「……あれ」




スカルギア (世界の果てまで、キミの元までひとっ飛び)





 練習が終わり。
 自販機の前で偶然会ったジャンルカと、アルミ缶片手に世間話を交わしていたその時。

「あれ、フィディオじゃないか?」

 唖然とした様子のジャンルカが、指さした先に視線をやると。

 黒くシルエットはまぎれていたが、それなりに夜目のきくマルコには通用しない。
 窓の外の暗闇を駆け抜けるその後ろ姿は、確かに――オルフェウスの副キャプテン・フィディオのものに見える。

 ジャージを羽織り、背後を振り向かず、けれどどこか足取りは軽く走っていく。推測してみると、速度と方向、そしてフィディオの性格からして――

「日本街……か?」

 そこに思考が到達するのは、決して無理からぬことと言えた。


 フィディオは、日本代表イナズマジャパンのキャプテン・円堂守に対して、強い関心を抱いている。
 無論、ミスターKとの代表決定戦での助力もあり、オルフェウスの面々は皆総じてイナズマジャパンに感謝の念を持っているが――フィディオのそれは他と一線を画す。

 円堂のことを親しげに「マモル」と呼び捨てにしているし、マルコ達が何気ない会話で彼の名前を出すと、表情に変化はないものの、次の瞬間には自然と話題を変えている。

 “らしくない”嫉妬の一環かと呆れて見守るメンバーがほとんどだが、マルコはどうしても……、ただ納得することはできなかった。その靄が、フィディオと同じ理由をしていると、知っていて。


 顔を上げると、丁度グラウンドを抜けたフィディオは右折し、そのまま姿は見えなくなってしまう。


「……………………」


 思わず硝子に張りついてその様子を見つめていたマルコは、隣でくすりと笑いを洩らしたジャンルカに気付き、唇をへの字に曲げた。頬が少し赤くなるが、隠す意味も気力もなく、伏せ気味にして噛みしめるに止まる。
 ジャンルカは、そんな隙だらけのマルコの腕から、飲み終わった缶ジュースを奪い取った。

「え、」

 何かをマルコが聞き返す前に、くい、と親指を外に向ける。



「言い訳は俺が考えとく」
「……ジャンルカ……」



 眼を瞬かせて、窓の外と親指とに視線を行き来させたマルコは最後に苦笑する。
 そして礼代わりに指を二本立てて、強く前方を見据えると、弾丸のように宿舎を飛び出していった。





 日本街はイタリアエリアから比較的近い場所にある。

 けれど何故かひどく嫌な予感がして、マルコは全速力といって過言ではないほど足を動かし、息をつく暇もなく舗装された道を駆け抜けていた。


 もしも円堂がフィディオと会っていなかったら、それはそれで、いい。それで、一時の安心は、きっとできるのだから。
 ただの早とちりで夜遅くにマルコが訪ねてきても、きっと門前払いするような人たちではないし。

 それに、そう、ジャンルカが、見抜いてしまったように。
 マルコは、本当はそんな建前よりずっとずっとずっと


「……会いたい」

 あの優しい笑顔で、どうか。
 このフィディオへの陰険きわまりない感情を消して欲しい。

「ッ、会いたい」

 あの温かい言葉で、どうか。
 このどうにもならない気持ちの答えを教えて欲しい。


「エンドウッッ!!」



 君に会いたい。



「マルコ?」



 反応は、そう簡単には返せなかった。

 誰かに声をかけられた、
 それが自分の名前だった、
 そして既知の人物の声だった、

 捜し求めた人の声だった、

「……え?」

 ようやく、気づく。
 気づいて、肩で息をしながら、立ち止まって振り返った。


 暗く満ちていたはずの視界が、突如として眩しく輝く錯覚を浴びる。
 夜の寂寥さえ照らす目映い笑顔が現れ。花が咲き誇るように、やっぱり、と笑みを奏でる声は耳に心地よい。


 一心に。

 求めていた少年が、目の前に、事も無げに立っている事実に、マルコは呆然と固まり、絶句してしまう。

 円堂はそんな反応にきょとんと首を傾げ、もう一度マルコの名前を呼んだようだった。

 思考は氷のように硬直したまま、半ば反射のようにマルコはおそるおそる円堂に近づくと、その頬にそっと触れた。

「?」

 風呂上がりなのか、バンダナをしていない前髪が艶を帯びて光っている。
 左手で冷えた頬を包んで、右手でそっと前髪を撫で、マルコは思わず、きゅっと眉を顰める。

「……駄目だろ、しっかり渇かしてからじゃないと風邪引く」


 この小さな太陽の子が。
 もしも熱に倒れてしまったら、なんて想像すると。



 自分でもおかしいくらい、身の毛がよだってたまらなく怖ろしい。



「う」と息を詰めた円堂は、何度か唸りながら縮こまり、「みんなと同じこと言うんだな……」と呟いた。

「イナズマジャパンの面々にも言われているなら、尚更従うべきだ。試合前に体調を崩したらどうする」
「分かってるけど……でも、どうしても買いに行きたくて」

 何を、と聞く途中から、円堂は手にしていたコンビニ袋を漁り始める。
 展開的にあっさりと、柔らかい束縛を終えたマルコの腕が、呆気なく落ちる。暫くの沈黙。を、挟んで。ああ、残念がっているのだと他人事のように思い知る。

 もっと触れていたい。
 そう思ってしまうのは罪なのか。



「あのな、さっきGマートで買ってきたんだ」

 じゃーん、と円堂が顔を綻ばせて取り出したのは、肉まんだった。
 瞬きしたマルコは、意外な回答に反応ができず、つい無言を返してしまう。

「おいしいよな肉まん。マルコも良かったら1個どうぞ」
「え、そんな……悪いだろ」
「いいって。ほら」

 ぐいぐいと渡され、結局受け取ってしまう。
 ありがとう、と洩らした小声に、見上げて円堂は問う。

「どうして赤くなってるんだ? マルコ」
「……な……何でも、ない」

 そっか、と手を振って別れを口にしかけた円堂に、待ったとマルコは声をかける。
 今ここで別れるということは、マルコにとっての嬉しい誤算が円堂にとってただの偶然で終わってしまうことをも現す。それは、それだけはどうしても嫌だった。



 できることなら自分だって、彼のこころに一雫の波紋を広げたい。



「よ、良かったら、宿舎まで送る」
「いいよそんな。大丈夫だって。道は覚えてるしさ」
「でも」
「心配性だなマルコは。鬼道みてー」


「だって心配なんだから!」


 大声に。
 固まってしまったのは、円堂だけではなく、勿論当の本人も含まれる。

 どうして。
 いつもはもっと冷静でいられるのに。

 ……お前だけ、だからな。


「う。うん……じゃあ、任せる……」

 呆気にとられたまま、円堂は思わずといった調子で承諾した。
 任せて任せて、と頷くマルコの顔は赤く、それが余計円堂には恥ずかしいらしい。肉まんに齧り付きながら、少し早足に進んでいってしまう。

 慌ててそれを追いかけながら、マルコは、胸の内を広がる幸せの感触を確かに味わっていた。
 渇いた喉に肉まんは相性が悪かったが、そんなことは気にもならないくらい。

 ああ、こんなにも。
 おくりものというのは嬉しいものだっただろうか。
 それとも、相手が、



 相手が、彼だからか。



「早く行くぞ、マルコ!」
「あっ、待てよエンドウ!」



 可愛いな。
 そう、最後に付け加えて。





「……全く、マルコに先を越されるとは思わなかった」

 小さく、自身に言い聞かせるような声色で、低く唸るように、フィディオは口内で言葉を転がした。

「やだな、折角抜け駆けできたと安心してたのに」

 宿舎を訪ねて。
 あわよくば円堂と、もつれ合うつもりだったというのに。

「苛つくな……」

 ぎり、と唇を噛みしめる。
 鉄の味が口の中に広がって、ああ、



「その子は俺のモノだよ、マルコ」



 円堂の唇も、こんな味がするのかなと、想った。








 
元々はフィ円の密会を目撃して大ショックのマルコの予定が、マルコが勝利してました。ごめんフィディオ……。

こんなん書いといてなんですがフィ円はほんわかのが好きです。
 

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