深く深く深く。
石で重荷を。右眼に鎖を。
沈め沈め沈め。
二度と、目覚めないために。
……………………、――――。
深く沈め
(想いを捨てて、未来を見据える……なんて)
例えば。
沢田綱吉が死ぬとしたらば、ボンゴレはどうなるのだろう。
嵐の守護者は錯乱するだろうか。
雨の守護者は笑わなくなるかも。
雷の守護者はきっと泣きやまない。
晴の守護者は意気消沈だろうか。
雲の守護者は姿を消すに違いない。
では、霧の守護者はどうなるのだろう。
なんて。
「ボスは、私が死んだらどうする?」
「え――」
ボンゴレファミリー。その中枢を成す、一人の存在。
毎日忙しそうに書類とたたかう沢田綱吉。に、クロームは面会していた。
彼自身自分の価値だとか重要さを全然分かっていなくて、護衛もつけずに、そして守護者は面会の許可さえいらないこととなっている。
どころか、リボーンの監視をくぐりぬけ、稀に前線に出てくることだってある。クロームが先月任務についていた時、突如として疾風のように彼が現れクロームも驚愕を隠せなかった。
状況も心情も、一瞬で変化させる、無限の才能。
その人は、ぽかんと口を開けて、クロームの言葉の意味を理解しかねる様子だった。
誰をも愛し、誰もを慈しみ、誰にも優しい、ツナに。こんな不躾な質問を向けることは酷で意地悪ということは、クロームにだって分かる。けれど、何故か聞きたくなった。
書類の山に埋もれかかった顔を上げて、ツナは鋭い目つきで、クロームを言葉なく一喝する。
「冗談でそんなこと聞くんだったら、許さないよ」
許さない、でなく、心配するから怒るのだろう。なんて。
無様な期待だ。その言葉で、こころが陶酔してしまいそうな程に。
「それとも、何らかの事件に巻き込まれてるの?」
クロームの沈黙を肯定と受け取ったのか、ツナは頭を振って、綺麗な硝子玉みたいな真摯な瞳でクロームを見つめる。椅子を立ち上がって、肩を申し訳程度に掴まれた。一気に距離が近くなる。
「だったら助ける。俺の力全てで」
ど、く、ん。
震える。片眼が伸縮を繰り返す。
この人は、――沢田綱吉は、クロームを喜ばせる天才。
嬉しい。嬉しい。うれしい。素敵な言葉。クロームだけに与えられた言葉。うれしい。嬉しい。本当に――
優しい。
その言葉が脳裏に浮かんだ時、クロームは眩暈に近い既視感を覚えた。
死にたいほど嬉しいのに、死にたいほど哀しい、想い。
『獄寺君、七年も前からいつも迷惑ばっかかけてごめんね』
『山本がいなかったら、今の俺はいなかったんだろうなあ』
『もう、ほんとに七年経っても甘えん坊だなあ、ランボは』
『京子ちゃんのお兄さん……巻き込んで、申し訳ないです』
『雲雀さんがいると、心強いです。ありがとうございます』
『……無理はするなよ? お前にとって、俺は今でも――』
六人の守護者。そこに配分されるボスからの愛情。
けれど――六人の中に、クロームはきっと、含まれていない。
嵐、雨、雷、晴、雲、霧。それら全てを司る穢れなき大空。
分かっている。クロームだって分かっている。
霧の片割れ。しかし実質上クロームは自分にその価値はないと想っている。霧はあくまで骸自身であり、クロームはそれを支えるパトロン。なんて。
納得しているようで、肯定も否定もできずにいる。
「……クローム?」
訝しげな声に幾度も呼ばれていることに、ようやく気づく。慌てて取り繕うとする。
「ううん。違うのボス。困りごととかじゃ、なくて――」
ああでも、どうしよう。
「困りごととか、じゃ、ない。の、……でも」
この中途半端な立場だからこそ、予測できる未来がある。
「……………………………………」
ツナは、自分が死んだら、守護者達がどうなるのか分かっている。
自閉症、無感動症、心的外傷、自暴自棄、人生放棄。もう一人は、――死亡。
昔みた映画がある。
水が船に溢れて、愛する男が溺れ死にそうになった時、キスで酸素を与え、自分は死んで男を助けるものがたり。
王道のパターン。けれど、笑えない。あれは、あれは、あの女の人は、ツナ自身ではないか。
彼は、彼の大切な人たちが溺れないために、自分の酸素を与えている。
救って、掬って。透くって、その向こう側に眼を見開いてみれば。
ツナが、溺れているのだ。
「…………っ」
「え? ちょ、クローム? どうし――」
「だ、め」
濁流。駄目駄目駄目。ツナを呑み込む。駄目。連れて行かないで。
見えなくなる。視界に映らない。駄目駄目駄目。彼が。
「死なないで……」
クロームの想いなんて、いくらでも沈めばいい。しぶとく起きあがってもたたき落としてやる。でも。
この人は、沈んだら、そのまま、墜ちてしまう。
護って、救って、笑って、満足に顔を綻ばして。
「沈んじゃ、駄目………………ッッ!!」
お願いだから。
そう言って縋り付いたクロームを、為す術もなく、ツナは受け入れ、あやす。
その言葉に答えられない自分を、心の底で罵倒しながら。
矛盾した胸の内を抱えたクローム視点のお話。
短編「あなたへの想い」から、変化した感じのクロームの心情です。