◆ 約束をした。
 殺すと約束した。
 衰弱死も、爆死も、焼死も、水死も、病死も、戦死も、圧死も、悶死も、枯死も、壊死も、自殺だって許さない。
 情死のようで、すこし違う。
 骸が彼を殺して。
 彼が骸を殺す。
 そんな、優しい夢。 ◆





こノ躯体躰何処に渡リ?  (愛しているよと、伝えられるのはその亡骸にだけ)




■ 綱吉は知っていた。
 骸がこの世で生を保てているのは、己の存在こそにあると知っていた。
 だから、絶対に、自分だけは。
 骸を裏切らず、骸を信じ、骸を捨てず、骸を愛し、骸の前から消えたりしないと。
 互いに歪んだ愛情を向ける、ばかりだった、と。骸は自嘲気味に認識しているようだったが。
 綱吉はそう思わなかった。寧ろここだけは真逆と言っていいほど、両者の間には深い価値観の異なりがあった。

 誰に言われたわけでもないし、誰かに指摘されたわけでもない。
 自身の意思で、綱吉は骸のことが大好きだった。
 意地っ張りなところも、素直に感情を吐露できないところも、抱え込むところも、不器用に自他を傷つけるところも、笑う表情は温かいところも、綱吉を見る優しいオッドアイも、大好きで大好きで、心底から愛していた。
 死ぬ時は、互いに殺し合おうと誓った。そうすれば寂しくないし、愛し合って逝けるからと。他の何かや誰かによって二人の魂が離れるのは、嫌だからと。
 歪んでいるだろうか。そうかもしれないけれど、でも、温かい。可笑しいだろうか。でも。
 骸は、本人や他人が思っているほどに、冷たい人格破壊者ではないし、狂気に汚染された殺人者でもない。
 知っている人は、自分やクロームくらいのものかもしれない。
 それでも、情けないほど臆病な自分が、少しでも骸の支えになれるのなら。
 嬉しくて、ずっとずっと傍に。
 いられるって、こと。 ■



◇ 嫉妬心。
 芽生えてからは成長するだけの、醜いこころ。
 どうして、いなくなってしまったの。
 どうして、なくなってしまったのか。
 もう、こちらを向くことさえなくなって、一人の男に執着するその姿が。
 愛おしくて、憎くて、愛らしくて、憎んだ。 ◇


◇ ずっと前に伝えた想いも、忘れたように惚けて。
 好きでなかったなら、良かったのに。
 嫌いだったら、良かった。あの姿に魅入られなければ、どんなにか。
 あの瞬間にさえ、彼は歪まなかった。
 命乞いなんかじゃなく、愛する男のために、必死に懇願した。
 殺さないで≠ニ、涙を流し、震えるその心が。
 雲雀のものであれば、どんなに良かったか。 ◇



◆「……死、んだ?」
 あまりの冗談に、笑うことさえできなくて。
 でも、棺におさまった姿を視認した時。
 あまりの冗談に、質の悪い嗤いが込み上げた。
 死んだという。彼が、沢田綱吉が。
 骸にとっての全てで、拠り所で、恋人で、愛していて、それが、それが、死んだ?
「…………は、」
 殺されたのだと、いう。
 雲の守護者に、殺されたのだと。
「は、は、は、は、……」
 骸が渇いた笑みを浮かべても、眼を閉じた綱吉は、苦しげに顔を歪めて、動かない。
 その躯体躰(カラダ)を起こして、引き寄せて、抱きしめる。
 表情だけで、分かるその優しさ。彼は、律儀に約束を守ろうと、骸のための命乞いをしたに違いない。
 想いが嬉しくて、愛おしくて、だからこそ哀しくて。彼が笑っていないという、事実の虚しさが澄み渡る。
 甘い香り。涙は出ない。なんて冷たい躯体躰。嗤いだけ。自嘲の嗤いだけが。
 嗚呼、……止まらない。 ◆




■「……かっ、ハ」
 呼気が漏れる。しかし相手は気にした様子もなく、容赦なく綱吉の首を絞める。
 酸素を求めて開いた口から、泡混じりの涎が流れ落ち、しかし肝心の肺は満たされることなく縛られる呼吸に喘ぐ。
「ぐ、」
 綱吉の体を倒し、馬乗りになっている、その人物。
「ば、り……さ」


「ふうん。僕の名前をまだ呼べるんだ」
 含みのある言葉を呟く、その人。
 雲雀の声が、どこか哀しげで、綱吉は途切れそうな意識を必死に保ちつつ眼を開ける。
 既に霞んでいる視界に絶望的な心情になりながら、綱吉は緩くなったしめつけを計らいなんとか呼吸ルートを確保する。しかし生易しい苦痛ではない。雲雀の腕力なら一瞬全力を込めただけで骨が折れる気がした。
「……ばり、さ。ど、って、こんな」
 発声がままならない。だが雲雀には届いたようで、僅かに眼を細めた。
「……それを僕に聞くの? 君は」
 沈痛な面持ちに、綱吉は小さく唸る。ごぽ、と吐き気がせりあがった。
「っが、」
「言ったろう。僕は君のことが愛おしいんだ」
「――……」
「だからだよ」
 短い言葉。呆気なく理由を話す。
 こそ、綱吉はどうしようもなく顔を歪める。


『約束です』
『なに? 指切りでもする?』
『くふ、そうですね。守ってくれなかったらキス幾億です』
『新手の拷問だな』
 骸は、笑って。
『僕たちは、自然の摂理とかで死んではいけません』
『ふんふん。それで?』
『勿論他者による殺人でもいけません』
『俺もなるべくそれは避けたい』
『僕たちが、死ぬ時は――』


 約束を、した。
 結んだ指と、笑顔。
 あまりにも優しくて。


 それと、これが、同じ理由により行われている行為だなどと、綱吉には到底信じられなかった。
 骸との約束を、守らなければならないのだ。絶対に、綱吉だけは裏切らないと決めたのだ。心を繋いで、指を結んで。
 嬉しげな、柔らかい、微笑を。


「ねがッ、い……っです。ひばりさ、ッ……がいだから」
 息が詰まる。首が軋む。
 これ以上語る必要はないとでもいうように、振り切るように、先程以上の力を込めて絞められる。
 雲雀は、自らの手で″j吉を殺すという決断を、下している。
 しかし、それは綱吉に受け入れられる願いではなかった。
 骸との約束。例えしていなかったとしても、雲雀に殺されたいとは思わない。
 骸だから、良いのだと。あの約束の前から、自分はずっと――。
「や、め。――、殺さない……で」
 涙で、視界など霞むどころではなかった。
「ころさない、で。おねが、っれを、殺さないで……っ」
 感情が破裂と膨脹を繰り返す。

 お願いだから、殺さないで。
 
「おれを、ころさないで。っばり……さ、れ、ころさな――」
 喉が苦痛に呻く。涙で眼が溶ける。
「お……れっ、を、ころし、いいの……は」
 彼の名を、何度も叫ぶ。その名を、叫ぶ。愛おしい名前を、叫ぶ。
「俺をころしていいのは、む――」


 骸。


 ぼき、と嫌な音が、鳴って。
 綱吉の瞳は、ひかりを失い、暗灰色へと濁る。
 伸ばした手は、雲雀の姿などとらえずに。

 最期に、呼ぶことさえ叶わなかった、その人を捜して。 ■








 タイトルは「このからだどこにわたり」と読みます。思い切った骸ツナ←ヒバです。
 「冷めたせかい」のゆがんだ<cナと、骸に対しての想いが全く違うツナに注目してほしいです。
 順番が滅茶苦茶で読みにくかったので、8月5日に修正しました。

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