無味無中
(歪んだ恋でも歪んだ愛でもなく純粋感情であなたを目指す)
「まあ、平和島静雄は普通に生きてりゃ話しかけることもないだろうし、見かけたら逃げるのが一番だ」
そう語る正臣の顔は無表情に塗り固められていたが、けれどそれがただの嫌悪感、あるいは敬遠からでないことに帝人は気づく。
信号のライトに反射して、無機質に煌めく正臣の瞳には――何か言葉で語り尽くせない、複雑な表情が見え隠れしていた。
だからといって特にからかうつもりはなかったのだが、その印象的な名前(帝人が言うのも何だが)に少しだけ興味が芽生え、帝人は何気なく次なる質問を打ち出した。
「平和島静雄……平和で静か、かあ。温厚な人、ってわけじゃないんだよね?」
「……なんだよ? 好奇心湧いちゃった?」
「別にそういうわけじゃないけどさ」
むっと睨んでくる、子供っぽい顔に噴き出してしまいそうになる。
いくら外見を着飾ろうと、その顔も中身も、きっとまだまだ幼いのだろう。すると久しぶりに会った正臣のことを更に近く感じ、帝人はほっと一息をつく。やはり彼は変わらない。
一度発揮すれば大きく周囲を揺るがす、盛大な支配欲。
まるで大切な玩具を取られたくないと力を強める園児のように。
「実は女の人だったり?」
「違う違う。普通に男だよ。ふっつーにふっつーでちょおっとイカレちゃってるだけ」
「美人?」
「はああ!?」
耳元で怒鳴られても、予想していた帝人はサッと両手による耳栓で防ぐ。
わなわなと震えている正臣に思わず笑って、「そんなに動揺しなくても」と軽く微笑む余裕もあるくらいだ。
「関わんなって言ってるだろ……ロクなことにならないって」
「でも紀田君は興味あるんじゃないの?」
「何でそうなるんだよ……ってか何でこんな流れ? 俺追い詰められてない? 冤罪だって冤罪」
「ちょっと会ってみたいな、平和島さん」
熱の灯った帝人の言葉に、これ以上ないくらいに大きく痙攣した正臣は、耐えきれなくなったように「〜っ!」口の端をぐぐっと曲げ、「おおおお前なあ」と壊れたロボットのように繰り返した。
「あの人は俺が狙ってんだ! お前には渡さないからな!!」
「やっぱり……、そうなんだ」
のせられたーっ、と叫ぶ正臣の声を掻き消すように、飛ぶ自販機が目撃されるのは、その数瞬後のことだった。
ブログに掲載したものに加筆修正したもの。
1巻のパロでした。驚くほど短い。帝人はこんな積極的な子ではないですね……。